自己相補型アデノ随伴ウィルス発現ベクター(scAAV)

発現ベクターの概要

アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus :AAV)発現ベクターはin vitro及びin vivoでの遺伝子導入に広く用いられています。AAVは多くの哺乳類細胞株への遺伝子導入が可能であり、アデノウィルスと異なり免疫原性が非常に低いため、モデル動物を使ったin vivo研究には病理的影響を殆ど考えずに使用できます。 

scAAVベクターは、まず大腸菌用のプラスミドDNAとして構築されます。このベクターには、5'側inverted terminal repeat (ITR)と3’側ITRに挟まれた配列に目的遺伝子をクローニングします。精製したこのプラスミドベクター(トランスファーベクター)は、ヘルパープラスミドと共に、ウイルス産生細胞(当社ではHEK293T細胞を使用)にトランスフェクトします。ヘルパープラスミドは、トランスファーベクターの、5'側inverted terminal repeat (ITR)と3’側ITRに挟まれた配列をウィルス粒子内にパッケージングする手助けをします。このようにして作製されたAAVベクターをターゲット細胞に感染させることで、目的遺伝子を形質導入します。

野生型のAAVゲノムは1本鎖線状DNA(single strand linear DNA)で両末端にヘアピン構造をとったITRsを保有しています。そのため、ssAAVと呼ばれますが、ssAAVの遺伝子を宿主細胞内で発現させるためにはまず1本鎖DNA(ssDNA)を2本鎖DNA (dsDNA) に変換する必要があります。それには (1) 宿主細胞のDNAポリメラーゼを活用し、ssDNAの3’側のITRを複製起点として相補鎖を合成する、(2) ssAAVゲノムのプラス鎖とマイナス鎖を合成しする、二通りの方法があり、(1)がよく使用されています。

当社のscAAVベクターは、ssAAVに比較して、主に以下の2つの点で異なります。まず、3’末端のITRからtrs (terminal resolution site) を欠失させ、複製時にプラス鎖とマイナス鎖のDNAをそれぞれ1本鎖として合成するようになっています。そしてその相補鎖は分子間相互作用によって2本鎖DNAを形成することが可能です。そのため、scAAVを宿主細胞に感染させると相補的なDNA鎖を合成するステップを経ることなく、目的遺伝子を発現させることができます。ssAAVの導入効率を左右する主な理由は、導入先で相補鎖の合成過程を成功にかかっていたため、scAAVはssAAVに比べて、目的遺伝子をより早く、かつ高効率に発現させることが可能になりました。次に野生型のAAVでは4.7kbまでの長さの1本鎖DNAを包括することができますが、scAAVでは2つの相補鎖をコンカテマーとしてパッケージングするため、5' ITR から 3' ITR間に挿入できる遺伝子配列の長さはssAAVの約半分になってしまいます。ssAAVに比べて、さらに導入できる遺伝子サイズに制限があります。

AAVの最も大きな利点はバイオセーフティレベル1(BSL1)の実験室で扱えることです。これはAAVは、宿主細胞内で複製できないようにエンジニアリングされているため、ウイルスを扱うヒトにもし感染したとしても、めったに炎症が起こらないとされています。

AAVは多くの系統が同定されており、ウィルスの表面タンパク質(カプシドタンパク質)の抗原性の違い(血清型またはセロタイプ)により型が分類されています。血清型の違いにより、組織指向性(組織別感染効率)が異なります。AAVベクターをウィルス粒子にパッケージングする際はその組織指向性を考慮して使用するウィルスの血清型を選ぶ必要があります。現在、当社で提供しているセロタイプは、 1, 2, 3, 4, 5, 6, 6.2, 7, 8, 9, rh10, DJ, DJ/8, PHP.eB, PHP.S, AAV2-retro そして AAV2-QuadYFです。以下にAAVのセロタイプと組織指向性の対応表を示します。 

セロタイプ別
組織別

セロタイプ 組織指向性
AAV1 Smooth muscle, skeletal muscle, CNS, brain, lung, retina, inner ear, pancreas, heart, liver
AAV2 Smooth muscle, CNS, brain, liver, pancreas, kidney, retina, inner ear, testes
AAV3 Smooth muscle, liver, lung
AAV4 CNS, retina, lung, kidney, heart
AAV5 Smooth muscle, CNS, brain, lung, retina, heart
AAV6 Smooth muscle, heart, lung, pancreas, adipose, liver
AAV6.2 Lung, liver, inner ear
AAV7 Smooth muscle, retina, CNS, brain, liver
AAV8 Smooth muscle, CNS, brain, retina, inner ear, liver, pancreas, heart, kidney, adipose
AAV9 Smooth muscle, skeletal muscle, lung, liver, heart, pancreas, CNS, retina, inner ear, testes, kidney, adipose
AAVrh10 Smooth muscle, lung, liver, heart, pancreas, CNS, retina, kidney
AAV-DJ Liver, heart, kidney, spleen
AAV-DJ/8 Liver, brain, spleen, kidney
AAV-PHP.eB CNS
AAV-PHP.S PNS
AAV2-retro Spinal nerves
AAV2-QuadYF Endothelial cell, retina
AAV2.7m8 Retina, inner ear

組織 推奨されるAAVセロタイプ 
Smooth muscle AAV1, AAV2, AAV3, AAV5, AAV6, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10
Skeletal muscle AAV1, AAV9
CNS AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-PHP.eB
PNS AAV-PHP.S
Brain AAV1, AAV2, AAV5, AAV7, AAV8, AAV-DJ/8
Retina AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV2-QuadYF, AAV2.7m8
Inner ear AAV1, AAV2, AAV6.2, AAV8, AAV9, AAV2.7m8
Lung AAV1, AAV3, AAV4, AAV5, AAV6, AAV6.2, AAV9, AAVrh10
Liver AAV1, AAV2, AAV3, AAV6, AAV6.2, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8
Pancreas AAV1, AAV2, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10
Heart AAV1, AAV4, AAV5, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ
Kidney AAV2, AAV4, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8
Adipose AAV6, AAV8, AAV9
Testes AAV2, AAV9
Spleen AAV-DJ, AAV-DJ/8
Spinal nerves AAV2-retro
Endothelial cells AAV2-QuadYF

本ベクターシステムの詳細については、下記の文献をご参照ください。 

参考文献 トピックス
Expert Rev Hematol. 4:539 (2011) scAAVベクターによる遺伝子治療への挑戦と展開
Mol Ther. 16:1648 (2008) scAAVベクターの進歩と活用法(総説)
Gene Ther. 10:2112 (2003) AAVのターミナルリピートの変異によるscAAVの作製
Mol Ther. 16:1648 (2008) 自己相補鎖型AAV ベクターの活用と応用(総説)

自己相補型アデノ随伴ウイルス(scAAV)の特徴

ベクタービルダーのAAVベクターシステムは、大腸菌での高コピー数複製、生きたウイルスの高力価パッケージング、宿主細胞の効率的な形質導入、および高レベルの導入遺伝子発現を実現できるよう製造プロトコールを最適化しています。そのため、当社のAAVプラスミドベクターは、血清型として既知のキャプシッドを外套したウイルス粒子にパッケージした非常に高い形質導入効率をもち、かつ安全性に対するリスクが低いウイルスベクターです。

自己相補型アデノ随伴ウイルス(scAAV)のメリット

効果(Efficiency): ssAAVウイルスベクターと異なり、scAAVウイルスベクターは、宿主細胞のDNAポリメラーゼに依存することなく、十分な感染能をもつウイルス粒子を産生できるようデザインされています。さらにssAAVベクターよりも早くかつ高レベルで遺伝子を発現することが可能です。

安全性(Safety): AAVは研究利用されるウイルスの中で、最も安全なウイルスベクターシステムです。本質的に複製能を欠如しており、人への病原性は認められていません。

宿主細胞のゲノム破壊の低リスク: 宿主細胞へ導入されたアデノウイルスベクターは、核内でエピソーマルDNAとしてとどまります。宿主ゲノムへの組み込まれないため、ヒトでの応用に望ましく、ゲノム破壊によって生じる発がんリスクを抑えることができます。

高いウイルスタイター: ベクタービルダーのscAAVベクターは、高タイターのパッケージングプロトコールを開発し使ってています。そのため、ベクタービルダーのウイルス作製サービスでは、10^13 genome copy/ml(GC/ml)以上のタイターでウイルスを回収することができます。

広範な組織指向性: 適切な血清型にパッケージングされれば、ヒト、マウス、およびラットなどの一般的に使用される哺乳動物種の様々なタイプの細胞および組織に導入することができます。しかしながら、使用する血清型によっては、ある種の細胞への導入は難しいことが知られています。(以下のデメリットを参照ください。 )

in vitro と in vivoでの両方で使用が可能: AAVは主に生きた動物へ形質導入する場合に使用されますが、in vitroにも効率よく使用できます。

自己相補型アデノ随伴ウイルス(scAAV)のデメリット

搭載ゲノムサイズが非常に小さい: scAAVは搭載できるウイルスゲノムサイズがssDNAの半分と、ウイルス粒子にパッケージできるDNAサイズが最小です。AAVが許容できるITR間の最大サイズは約2.2kbのため、ユーザーが選択できる遺伝子やコンポーネントの合計サイズは約1.7 kbに制限されます。

全ての種類の細胞に遺伝子導入できるわけではない:  scAAVも適切な血清型にパッケージングされれば、非分裂細胞を含め、様々なタイプの細胞への遺伝子導入が可能ですが、細胞によってはいずれの血清型を使用しても遺伝子導入が難しい場合があります。

技術的な難しさ: AAVウイルスベクターの使用には、ウイルス産生細胞に複数のプラスミドDNAをトランスフェクトして、生きたウイルス粒子を作成させ、精製し、ウイルスのタイターを測定するなど、形質導入までにこなさなければならない様々な作業があります。これらの作業は、一般的なプラスミドのトランスフェクション法に比べ、技術的に習熟するまでの期間や、さらに実際のウイルス作製日数も長くかかります。

ベクタービルダーのscAAVプラスミドベクターの基本コンポーネント

5' ITR: 5’ inverted terminal repeat. 野生型ウイルスでは5’ITRと3’ITRは同じ配列で、ウイルスゲノム両端に反対の方向で配置されており、ウイルスゲノムの複製起点になります。

Promoter: 目的遺伝子を駆動するプロモーターをここに配置します。

Kozak: Kozakコンセンサス配列。真核細胞において翻訳開始を促進させるため、目的遺伝子ORFの開始コドン直前に配置します。

ORF: 目的遺伝子のOpen reading frameをここに配置します。

SV40 late pA: Simian virus 40 late ポリA付加シグナル。パッケージングにおいて、上流ORFの転写を終結させます。

3' ITR-Δtrs: terminal resolution site (trs)を欠損したAAV 3’ ITR。この変異型3’ITRによって、両端に野生型ITR、そして中間に変異型ITRを持つ、1本鎖DNAが形成されます。続いて、変異型ITRの逆向き反復配列により変異型ITR内で塩基対が形成されることにより、ウイルスDNA が折り畳まれ、2本鎖DNAが形成されます。.

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。アンピシリンによってプラスミド導入大腸菌を選択します。

pUC ori: pUCの複製起点であるpUC oriをコードするプラスミドは、大腸菌において高コピー数で保持されます。