AAV FLEX(Cre-Off)条件的遺伝子発現ベクター

概要

AAV FLEX(Cre-Off)条件的遺伝子発現ベクターはベクタービルダー社の信頼性の高いAAVベクターシステムとCre応答性FLEX条件的遺伝子発現システムを組み合わせることによって、AAVによるin vitroおよびin vivo条件でのFLEX(Cre-Off)スイッチ導入を可能にします。FLEX(Cre-Off)システムは2ペアのLoxPバリアント組み換え配列を目的遺伝子の両側に配置してCre存在下での遺伝子の反転にともなう発現の強力な不活性化を実現します。

FLEX (Cre-Off)スイッチは2ペアのLoxPバリアント(オリジナルのLoxPと変異が導入されたLox2272)組み換え配列から構成されています。プロモーターに対して順向き(センス方向)にクローニングされた遺伝子の両側にLoxPペアとLox2272ペアの片側がひとつずつ配置されています。LoxPとLox2272はLox2272‐LoxPの順番で、アンチパラレル配向で配置されます。どちらのLoxPバリアントもCreに認識されますが、同じLoxP配列間でだけ組み換えが発生します。Cre非存在条件では使用するプロモーター活性にしたがって遺伝子が発現されます。Cre存在条件では、まずLoxPペアもしくはLox2272ペアのどちらか一方で起こった組み換えによって遺伝子のアンチセンス方向への反転が起こります。遺伝子の反転によって目的遺伝子の発現は完全に抑制されます。続いて、残り一方のペアに組み換えが起こることによってLoxPペアとLox2272ペアの片側が取り除かれます。この結果、目的遺伝子の両端にはLoxPとLox2272配列がひとつずつ配置され、Cre存在条件でもこれ以上の組み換え反応が起こることはありません。

AAVベクターはE.coliプラスミドとして作製され、FLEX(Cre-Off)スイッチは2つのITR(inverted terminal repeats)のあいだにクローニングされます。次にベクターはパッケージング細胞に導入され、ITRを含むFLEX(Cre-Off)スイッチがウイルスにパッケージングされます。目的遺伝子の発現はCreレコンビナーゼ存在下の遺伝子方向の反転によって不活性化されます。

AAV野生株のゲノムはssAAVと呼ばれる線状の一本鎖DNA(ssDNA)であり、両端にヘアピン構造を持つITRを持ちます。ssAAV上の遺伝子が発現するためにはまず、2つの経路によって二本鎖DNAに変換される必要があります。1)DNAポリメラーゼがssDNAゲノムをテンプレート、3' ITRを複製開始サイトとして相補鎖を複製する。2)ssAAVゲノムのあいだで+鎖と-鎖のあいだの分子間ハイブリダイゼーションによって2本鎖DNAを作り出す。二本鎖DNAへの変換は主に1)の経路によってなされます

AAVゲノムDNAは宿主細胞の核内で連結した(コンカテマー)エピソームDNAとして維持されます。エピソームDNAは宿主ゲノム内で複製されないので、AAVゲノムは非増殖細胞では宿主細胞内で維持されますが、増殖細胞では細胞分裂によって希釈されて最終的には消失します。AAVゲノムが宿主ゲノムに挿入されることは非常に稀です。それゆえベクターの挿入によって細胞が癌化する懸念がないのでAAVベクターは遺伝子治療などの用途に適しています。

AVVは複製不能でヒトに対して炎症反応などの疾患の原因にほとんどならないために、バイオセーフティレベル1の施設で扱うことができ、非常に実用性が高いシステムです。AAVは宿主生体内での免疫原性が低く、様々な動物実験に理想的なウイルスベクターです。

自然界から単離された複数のAAV株は、ウイルス表面のカプシドタンパク質の抗原性に基づいた血清型で分類できます。血清型によってウイルスの親和性(感染の組織特異性)が変わります。AAVベクターをパッケージングする際には異なるカプシドタンパク質を選択することでウイルスの血清型を変更することができます。AAVの血清型と組織親和性の対応については下記の表をご覧ください。

セロタイプ別
組織別

SerotypeTissue tropism
AAV1平滑筋骨格筋中枢神経系, 網膜内耳膵臓心臓肝臓
AAV2平滑筋, 中枢神経系, ,  肝臓,  膵臓腎臓網膜内耳, 精巣
AAV3平滑筋肝臓
AAV4中枢神経系網膜腎臓心臓
AAV5平滑筋中枢神経系, , 網膜心臓
AAV6平滑筋心臓膵臓, 脂肪肝臓
AAV6.2肝臓内耳
AAV7平滑筋網膜中枢神経系, 肝臓
AAV8平滑筋, 中枢神経系, 網膜内耳肝臓膵臓心臓腎臓脂肪
AAV9平滑筋, 骨格筋肝臓心臓膵臓中枢神経系網膜内耳精巣肝臓脂肪
AAVrh10平滑筋, 肝臓心臓, 膵臓中枢神経系網膜, 腎臓
AAV-DJ肝臓心臓腎臓脾臓
AAV-DJ/8肝臓腎臓脾臓
AAV-PHP.eB中枢神経系
AAV-PHP.S末梢神経系
AAV2-retro脊髄神経
AAV2-QuadYF内皮細胞網膜
AAV2.7m8網膜内耳

Tissue typeRecommended AAV serotypes
平滑筋AAV1, AAV2, AAV3, AAV5, AAV6, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10
骨格筋AAV1, AAV9
中枢神経系AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-PHP.eB
末梢神経系AAV-PHP.S
AAV1, AAV2, AAV5, AAV7, AAV8, AAV-DJ/8
網膜AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV2-QuadYF, AAV2.7m8
内耳AAV1, AAV2, AAV6.2, AAV8, AAV9, AAV2.7m8
AAV1, AAV3, AAV4, AAV5, AAV6, AAV6.2, AAV9, AAVrh10
肝臓AAV1, AAV2, AAV3, AAV6, AAV6.2, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8
膵臓AAV1, AAV2, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10
心臓AAV1, AAV4, AAV5, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ
腎臓AAV2, AAV4, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8
脂肪AAV6, AAV8, AAV9
精巣AAV2, AAV9
脾臓AAV-DJ, AAV-DJ/8
脊椎神経AAV2-retro
内皮細胞AAV2-QuadYF

当ベクターシステムに関する詳細な情報ついては下記の論文を参照してください

ReferencesTopic
Methods in Enzy. 507:229-54 (2012)Review of AAV virology and uses
Curr Opin Pharmacol. 24:59-67 (2015)AAV use in gene therapy, and serotype differences
Gene. 216:55 (1998)Characterization of LoxP mutants, including Lox2272
Nat Biotechnol. 21:562 (2003)Development of the FLEX switch system
J Neurosci. 28:7025 (2008)Application of a FLEX switch system

特長

AAV FLEX(Cre-Off)条件的遺伝子発現ベクターは哺乳類細胞や生体でCreによる条件的な遺伝子発現に不活性化を可能にします。目的遺伝子の発現は初期状態では使用するプロモーターの活性制御にしたがいます。Creレコンビナーゼの共発現によって遺伝子のアンチセンス方向への反転が起こり、発現の恒久的な不活性化が起こります。

当ベクターはE.coliでの高コピー数複製、高タイターのウイルス作製、宿主細胞へ高効率なベクター導入および高い発現レベルを可能にします。AAVベクターは高い安全性とパッケージング時にすべてのカプシドタンパク質の血清型を選択できるため非常に高い導入効率を実現しています。

メリット

厳密な遺伝子発現の抑制:Creによる組み換え反応よって目的遺伝子がアンチセンス方向へ反転するため、目的遺伝子の発現を完全に抑制します。

安定した遺伝子不活性化: Cre組み換え反応は目的遺伝子をプロモーターに対してアンチセンス方向に反転します。遺伝子の反転後に続いて起こる組み換え反応によって、LoxPバリアントペアのそれぞれ片側が取り除かれます。結果、目的遺伝子の両端にはLoxPとLox2272がひとつずつ配置される形になり、Cre存在条件でもこれ以上の組み換え反応が起こることはありません。その結果として遺伝子発現の不活性化状態は恒久的に維持されます。

安全性:  AAVは複製不能であり、ヒトの疾患の原因とならないので、最も安全なウイルスベクターシステムです。

宿主ゲノムの損傷リスクが低い: 宿主細胞への導入後、AAVベクターはエピソームDNAとして細胞核に存在します。宿主ゲノムへの挿入が起こらないので癌化の原因となりうる宿主ゲノムの損傷リスクを減らすことができ、ヒトへのin vivo用途に適しています。

高ウイルスタイター:当社のAAVベクターは高いタイターのウイルスを作製できます。当社のウイルス作製サービスを利用すれば1013 GC/ml(genome copy per ml)以上が可能です。

幅広い親和性:適切な血清型でウイルスを作製することによってヒト、マウス、ラットなど一般的に使用される哺乳類動物由来の幅広い細胞及び組織タイプに遺伝子を導入できます。ただし、血清型によっては遺伝子導入が難しい細胞タイプがあります。

In vitroとin vivoで有効:レンチウイルスベクターは培養細胞と生体の両方に対して効果的です。特にCreによる条件的遺伝子発現システムが導入されたトランスジェニック動物の作製に適しています。

デメリット

組み込み可能なDNAサイズが限定的:AAVベクターの組み込み可能サイズ上限は他のシステムと比べて最小となります。ITRのあいだの4.7kbのDNA配列が上限となり、4.1kbを実験用途に使用できます。

特定の細胞タイプへの遺伝子導入が困難:AVVベクターは適切な血清型を選択することで非増殖細胞を含む数多くの細胞タイプへの遺伝子導入が可能になります。それぞれの血清型は異なる組織親和性がありますが、どの血清型を使っても遺伝子導入が難しい細胞タイプも存在します。

技術的な複雑さ:AVVベクターはパッケージング細胞によるウイルス作製とタイターの正確な計測などの操作が必要になります。従来のプラスミドを使った遺伝子導入と比べてこれらは高い技術の習熟が必要となり、時間もかかります。

基本コンポーネント

5' ITR: 5' inverted terminal repeat。野生株の5' ITR と3' ITRは基本的に同じ配列を持つ。ウイルスゲノムの両端に逆向きに配置され、ウイルスゲノムの複製起点として機能する。

Promoter:  目的遺伝子発現用プロモーター。

Lox2272: Creレコンビナーゼの組み換え配列。LoxP配列に二か所の塩基置換が導入されている。LoxP配列とは適合しない。Cre存在下ではLoxPとLox2272配列はそれぞれ適合する配列と組み換え反応が起こる。

LoxP: Creレコンビナーゼの組み換え配列。Lox2272配列とは適合しない。Cre存在下ではLoxPとLox2272配列はそれぞれ適合する配列と組み換え反応が起こる。

Kozak: Kozak配列。真核生物での翻訳開始を促進すると考えられているためORFの開始コドンの前に配置される。

ORF: 発現させたい目的遺伝子。プロモーターの極性方向とは順方向に配置される。

Regulatory Element:WPRE(Woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element)を追加できる。WPREはパッケージング細胞内のウイルスRNA転写を促進することで機能的ウイルスRNAのレベルを上昇させてウイルスタイターを増加させる。また、目的遺伝子の転写停止にも寄与して発現レベルを上昇させる。

BGH pA: ウシ成長因子ポリアデニレーションシグナル。目的遺伝子の転写を停止する。

3' ITR: 3' inverted terminal repeat。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。

pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。

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