MSCVレトロウイルスCAR (キメラ抗原受容体)発現ベクター

概要

将来性のあるガン治療法として、キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor:CAR)を利用して腫瘍関連抗原を認識するT細胞(CAR-T細胞)を作製する方法が注目されています。CAR-T細胞療法は患者本人から採取されたT細胞(自家的)もしくは健康なドナーから採取されたT細胞(同種的)にCARを発現させ、抗原への結合によって腫瘍細胞を標的としてT細胞が活性化するように設計します。

CARは4コンポーネントから構成されています。1) 細胞外抗原認識ドメイン。特異性が確認されているモノクローナル抗体由来の単鎖可変領域フラグメント(scFv)から構成される。scFvは抗原特異的モノクローナル抗体の可変領域の軽鎖と重鎖がリンカーペプチドで連結された構造をしている。2) 細胞外ヒンジ。scFVを膜貫通ドメインに連結してCARの安定性と柔軟性をもたらす。3) 膜貫通ドメイン。CARを細胞膜につなぎ留め、抗原結合ドメインと細胞内シグナルドメインの橋渡しをする。受容体の発現と安定性を高めるために重要な役割を果たす。4) 細胞内シグナルドメイン。T細胞受容体(TCR)のCD3-zetaドメイン由来でありITAMs(immunoreceptor tyrosine-based activation motifs)を内包している。ITAMsは抗原への結合とともにリン酸化されて下流シグナル伝達系を活性化してT細胞を活性化します。さらに細胞内シグナルドメインに複数の(CD28、CD137由来の)共刺激ドメインを加えることで、T細胞の増殖性と持続性を上昇させることができます。

CARは過去数年にわたる細胞内シグナルドメインの改良によって進化しています。第一世代CARはCD3-zeta シグナルドメインだけを持っていました。第一世代CARを発現するT細胞は活性化できるものの、細胞毒性と増殖率が低いためにin vivoでの抗腫瘍活性が貧弱でした。続いてCD3-zetaシグナルドメインに加えて共刺激ドメインを付加した第二世代CARの出現によって、CAR‐T細胞のin vivo増殖性、拡張性および持続性の大幅な改善をもたらしました。CD3-zetaドメインに加えて2つのシス共刺激ドメインを細胞内シグナルドメインに付加した第三世代CARは抗腫瘍活性をさらに改善しました。第二世代CARを基に開発された第四世代CARは恒常的もしくは誘導的にサイトカイン発現する様に改良した細胞内シグナルドメインをもちます。同様に第二世代CARを基に開発された第五および最新世代CARはサイトカイン受容体の細胞内シグナルドメインを組み込んでいます。

当社のMSCVレトロウイルスCAR発現ベクターはレトロウイルスを利用してT細胞に第二世代CAR発現カセットを効果的に導入できます。MSCVレトロウイルスベクターはマウスPCC4細胞株で継代された骨髄増殖性肉腫ウイルス(myeloproliferative sarcoma virus:PCMV)を基にしたMESV(murine embryonic stem-cell virus)レトロウイルスベクターと、Moloney murine leukemia virus (MMLV)を基にしたLNレトロウイルスベクターから開発されています。MSCVレトロウイルスベクターにLNベクターの拡張ハイブリットパッケージングシグナルを付加することで従来のレトロウイルスベクターと比較してより高いウイルスタイターを達成しています。さらにMSCVレトロウイルスベクター内のPCMV由来の5’LTRはES細胞やEC細胞のような多能性細胞株での標的遺伝子の転写を活性化します。

MSCVレトロウイルスCAR発現ベクターはE.coli用プラスミドとして作製され、CAR発現カセット(scFV領域、ヒンジ、膜貫通ドメイン、細胞内CD3 zetaシグナルドメインと共刺激ドメインを含む)は2つのMSCV LTR(long terminal repeats)のあいだにクローニングされます。MSCVレトロウイルスCAR発現ベクターはヘルパープラスミドとともにパッケージング細胞に導入され、ベクター内のLTRのあいだのCAR発現カセットがウイルスRNAに転写されます。ヘルパープラスミドから発現したウイルスタンパク質群がウイルスRNAをウイルスにパッケージングします。こうして作られたウイルスは上清に放出され、直接もしくは濃縮した後に標的細胞への感染に用いられます。

ウイルスが標的細胞に感染するとRNAゲノムは細胞内に注入、そしてDNAに逆転写された後に宿主ゲノムへ挿入されます。こうしてLTRのあいだにあるCAR発現カセットとウイルスゲノムは宿主ゲノムへ挿入され、恒久的に維持されます。

当社のMSCVレトロウイルスベクターはウイルスのパッケージングや感染に必要になる遺伝子群が取り除かれています。これらの遺伝子はヘルパープラスミドから提供されます。MMLVレトロウイルスベクターによって生産されるウイルスは複製不能(細胞に感染はできるが複製はできない)なので安全です。

 

当ベクターシステムに関する詳細な情報ついては下記の論文を参照してください

References Topic
Br J Cancer. 120:26 (2019) Review on next-generation CAR T cells
Blood Adv. 2:517 (2018) Developing a novel method for generating T-cell receptor deficient CAR T cells utilizing MSCV-based CAR expression
Mol Ther Oncolytics. 3:16014 (2016) Review on CAR models
J Immunother. 32:689 (2009) Construction and pre-clinical evaluation of an anti-CD19 CAR
Mol Ther. 17:1453 (2009) In vivo characterization of chimeric receptors containing CD137 signal transduction domains

特長

MSCVレトロウイルスCAR発現ベクターは第二世代CARの発現、およびE.coliでの高コピー数複製、高タイターのウイルス作製とES、EC、HS細胞を含む広範囲な細胞タイプへの高効率なウイルスの感染、宿主ゲノムへの遺伝子挿入および高レベル発現を実現します。

メリット

ベクターの恒久的な挿入: 従来の方法で宿主細胞へ導入されたベクターDNAは時間経過とともに失われてしまいます。この問題は増殖速度の速い細胞では特に顕著になります。一方でMSCVレトロウイルスベクターは宿主細胞への恒久的なDNA導入が可能なのでT細胞で長期間にわたるCAR発現が実現できます。

組み込み可能サイズ:当社のMSCVレトロウイルスゲノムの組み込み可能DNAサイズ上限はおよそ8.3kbです。ウイルスのパッケージングと感染に必要なコンポーネントにおよそ~2-2.5kb使用されているので実験に必要なDNA配列を~5.8-6.3kbまで組み込むことができます。CAR関連コンポーネントの挿入用途には十分なサイズが確保されています。

高レベル発現:5' LTRのプロモーター活性は強力であり、CARを高レベル発現します。

導入コピー数にばらつきが少ない:従来のプラスミドベクターによる遺伝子導入法は導入ベクターコピー数が細胞ごとに大きなばらつきが生じますが、一般的にウイルスによる遺伝子導入は導入ベクターコピー数が比較的に均一になります。

In vitroとin vivoで有効:MMLVレトロウイルスベクターは培養細胞と生体の両方に対して効果的です。

安全性:ウイルスのパッケージングと感染に必要な遺伝子群がヘルパープラスミドに移されていることにより複製可能なウイルスが発生する可能性はないので、当ベクターの安全性は保証されています。

デメリット

5' LTRプロモーター以外の選択肢がない: 当ベクターからのCAR発現は5' LTRのプロモーター活性によって行われます。当社のレンチウイルスベクターが任意のプロモーターを選択できることと比較して明確な短所になります。

中程度のウイルスタイター: 当ベクターからパッケージング細胞の上清からおよそ~107 TU/mlのタイターが得られます。レンチウイルスベクターと比較すると一桁低いタイターになります。

DNA挿入によるリスク:ガンマレトロウイルスベクターは遺伝子の転写開始サイト周辺やがん原遺伝子へ挿入される傾向があります。このような挿入変異はレトロウイルスCAR発現ベクターを臨床用途で使用する際のリスク要因となります。

技術的な複雑さ:当ベクターはパッケージング細胞によるウイルス作製とタイターの正確な計測などの操作が必要になります。従来のプラスミドを使った遺伝子導入と比べてこれらは高い技術の習熟が必要となり、時間もかかります。

作成コストが高い:GMP(Good Manufacturing Practices)グレードのレトロウイルスベクターの作製コストは非常に高くなります。これがレトロウイルスを利用したCAR-T細胞治療の臨床開発にかかわる主な障害となっています。

基本コンポーネント

MSCV 5' LTR: PCMV 由来の5' long terminal repeat。LTRはプロモーターとポリアデニレーションシグナルの両方の機能があり、5‘LTRはウイルスゲノムを転写するプロモーターとして、3‘LTRは転写終了させるためのポリアデニレーションシグナルとして機能する。当ベクターの5’LTRはMMLVレトロウイルスベクターと異なり、ES細胞やEC細胞のような多能性細胞株での標的遺伝子の転写を活性化する様に改良されている。

MSCV Ψ+:マウス胚性幹細胞ウイルスのパッケージングシグナル。ウイルスRNAをウイルスにパッケージングする。

Kozak: Kozak配列。真核生物での翻訳開始を促進すると考えられているためORFの開始コドンの前に配置される。

CD8-leader: T細胞表面の糖タンパク質CD8 alphaドメインのシグナルペプチド。タンパク質のT細胞表面への輸送と局在に必要。

scFv: 特異性が確認されているモノクローナル抗体由来の単鎖可変領域フラグメント。抗原特異性にしたがって細胞を認識する。

Hinge: CARの細胞外ヒンジ領域。scFVと膜貫通ドメインを連結して、CARタンパク質発現と機能の安定性と柔軟性をもたらす。

Transmembrane domain: CARの膜貫通ドメイン。CARを細胞膜につなぎ留め、抗原結合ドメインと細胞内シグナルドメインの橋渡しをする。受容体の発現と安定性を高める。

Costimulatory domain: CARの共刺激ドメイン。CAR-T細胞の生存率、増殖率および活性化状態の持続性を上昇させる。

CD3zeta: T細胞受容体のCD3ζ鎖。T細胞による免疫反応を活性化する。

MSCV 3' LTR: PCMV 由来の3’ long terminal repeat。ウイルスRNAのウイルスへパッケージングを助ける。ES細胞やその他の細胞タイプでウイルスRNAのポリアデニレーションシグナルとして機能して転写を停止する。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。

pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。

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