レンチウイルスCRISPR転写活性化(SAMシステム)ベクター

概要

CRISPR/Cas9ベクターは新しく開発されたゲノム編集ツールのひとつで、素早く効率的にゲノムの標的DNA配列に変異を導入できます(ZFNやTALENなどもよく使われています)。

SAM(Synergistic Activation Mediator)システムはゲノムの遺伝子座で遺伝子発現を活性化できる強力なツールです。SAMシステムはCRISPR/Cas9ゲノム編集システムの派生型ですが、改良されたgRNAはゲノム編集ではなく、転写活性化複合体であるSAM複合体の形成を誘導します。SAM複合体の形成によって標的サイトで強力な転写活性化が起こります。

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SAMシステムは3つのコンポーネントから構成され、それぞれが独立したレンチウイルスベクター(gRNA/MS2発現ベクター、MS2/P65/HSF1ヘルパーベクター、dCas9/VP64ヘルパーベクター)に組み込まれています。

gRNAはgRNA/MS2発現ベクターにクローニングされます。gRNA/MS2発現ベクター上でgRNAは2つの138ntヘアピンRNAアプタマーとつなげられます。RNAアプタマーはバクテリオファージMS2 coatタンパク質の結合サイトとなり、MS2融合タンパク質を引き寄せます。

AAV msSagRNA発現ベクターは3ドメイン(MS2、p65 (NF-kBトランスアクティベーターサブユニット)、HSF1 (ヒトHeat shock factor 1活性化ドメイン))から構成されるMS2融合タンパク質(MS2/P65/HSF1)を発現します。

dCas9/VP64ヘルパーベクターは不活性型Cas9とVP64転写活性化ドメインとの融合タンパク質を発現します。

これら3つのベクターを細胞に導入すると、gRNAがMS2/P65/HSF1(RNAアプタマーとMS2の相互作用によって)とdCas9/VP64(gRNAとCRISPR/Cas9複合体形成によって)を標的配列に引き寄せてSAM複合体を形成します。SAM複合体はVP64、p65、HSF1の相互作用による相乗効果によって強力に転写を活性化します。

当ベクターシステムはgRNA配列ライブラリーを利用してgRNA/MS2発現ベクターライブラリーを作製して遺伝子座の大規模スクリーニングをするために設計されています。もちろん、当システムを使って個々の遺伝子もしくは少量の遺伝子セットの発現を活性化することも可能です。

 

当ベクターシステムに関する詳細な情報ついては下記の論文を参照してください

References Topic
Nature. 517:583 (2015) Description of the SAM system
EMBO J. 12:595 (1993) The RNA binding site of bacteriophage MS2 coat protein
Biochem Soc Trans. 36:603 (2008) The p65 activation domain
Redox Biol. 2:535 (2014) The HSF1 activation domain
Proc Natl Acad Sci U S A. 95:14628 (1998) The VP64 activation domain
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メリット

ゲノム配列の改変をしない:SAMシステムはゲノム上の標的遺伝子座の転写を活性化できます。ゲノム編集や外来性遺伝子の導入などとは異なり、ゲノム配列の改変を行うことはありません。

生理学的制御とは無関係:SAMシステムを利用すれば標的遺伝子の転写制御についての予備知識がなくても転写活性化が可能です。標的の配列情報は必要になります。

強力な転写活性化:標的遺伝子の高レベルな発現を達成できます。

検証実験

図 1. レンチウイルスを利用したCRISPRa による遺伝子発現の活性化SAM複合体, dCas9/VP64, および MS2/P65/HSF1を安定発現するNIH3T3細胞にmsgRNA 発現レンチウイルスを感染させ、抗生物質選択を行った。(A) SAMシステムによる転写活性制御の図解。(B)マウスBm2遺伝子のプロモーター領域を標的としたmsgRNA の図。(C)NIH3T3細胞にスクランブルまたはターゲッティングmsgRNA を導入したもの、または無処理コントロール (NC)のBm2遺伝子発現量をqRT-PCR法にて比較測定した結果。 Mean±SD, *P<0.05, Tukey法によるANOVA。

デメリット

技術的な複雑さ:レンチウイルスベクターはパッケージング細胞によるウイルス作製とタイターの正確な計測などの操作が必要になります。従来のプラスミドを使った遺伝子導入と比べてこれらは高い技術の習熟が必要となり、時間もかかります。

複数ベクターの利用が必須:当ベクターシステムはgRNA/MS2発現ベクター、MS2/P65/HSF1ヘルパーベクター、dCas9/VP64ヘルパーベクターの導入が必要です。

特異性:SAMシステムを利用した遺伝子発現の活性化はまだ新しい技術なのでgRNA/MS2 RNAsの特異性ついての詳細な情報はわかっていません。

基本コンポーネント

RSV promoter: ラウス肉腫ウイルスプロモーター。ウイルスRNAを転写する。その後ウイルスRNAはウイルスにパッケージングされる。

5’LTR-ΔU3 : HIV-1の5‘LTR(long terminal repeat)に欠損を起こしたもの。レンチウイルス野生株の5‘LTRと3' LTRは相同配列をもつ。5‘LTRと3‘LTRはウイルスゲノムの両端に同じ向きで配置される。ウイルスゲノムの挿入過程に3‘LTRの配列は5‘LTRに上書きされる。LTRはプロモーターとポリアデニレーションシグナルの両方の機能があり、野生株では5‘LTRはウイルスゲノムを転写するプロモーターとして、3‘LTRは転写終了させるためのポリアデニレーションシグナルとして機能する。当社のベクターでは、5' LTR-ΔU3はウイルスの転写因子TatがLTRのプロモーターを活性化するために必要な配列が欠損している。しかしながら、5' LTR-ΔU3 上流のRSVプロモーターが代わりにプロモーターとして機能するため、この欠損はパッケージング時のウイルスRNAの生産に影響しない。

Ψ: ウイルスRNAのパッケージングに必要なHIV-1パッケージングシグナル。

RRE: HIV-1 Rev response element。ウイルスRNAのパッケージング過程のRevタンパク質によるウイルスRNAの核外輸送に必要。

cPPT: HIV-1 Central polypurine tract。細胞感染中にウイルスゲノムの核内輸送を促進させるためのDNAフラップを形成する。ベクターの宿主ゲノムへの挿入効率を上昇させ、形質転換効率を高める。

U6 promoter: gRNAを高レベルで発現する。

msgRNA:gRNAとMS2バクテリオファージcoatタンパク質融合タンパク質が結合するヘアピンアプタマー配列が連結されている。

Terminator: gRNAの転写を停止する。

hPGK promoter: ヒトphosphoglycerate kinase 1 遺伝子プロモーター。下流のマーカー遺伝子を遍在的に発現する。

Marker: 薬剤選択用遺伝子(ネオマイシン耐性など)、視覚化用遺伝子(EGFPなど)、デュアルレポーター遺伝子(EGFP/Neoなど)。ベクターが導入された細胞の薬剤選択もしくは可視化を可能にする。

WPRE: ウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節因子。ウイルスRNAの3' LTRでの転写停止を促進してパッケージング細胞でのウイルスRNAを増加させ、高ウイルスタイターを実現する。さらに、マーカー遺伝子 の転写停止も促進することで高い発現レベルを可能にする。

3’LTR-ΔU3: HIV-1の3‘LTRのU3領域に欠損を起こしたもの。ウイルスベクター挿入過程で3' LTRが5' LTRを上書きするために、プロモーター不活性型の5' LTR-ΔU3が宿主ゲノムへ挿入される。3’LTR‐ΔU3のポリアデニレーションシグナルはウイルスパッケージング中と宿主ゲノムに挿入後のすべての転写反応を停止させる。

SV40 early pA: SV40(Simian virus 40)のearlyポリアデニレーションシグナル。ウイルスパッケージング時の3' LTRによるウイルスRNA転写停止を補助する。パッケージング細胞でのウイルスRNAを増加させ高ウイルスタイターを実現する。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。

pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。

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