レンチウイルスCRISPRベクター

概要

CRISPR/Cas9ベクターは新しく開発されたゲノム編集ツールのひとつで、素早く効率的にゲノムの標的DNA配列に変異を導入できます(同様にZFNやTALENなどもよく利用されます)。

Cas9はRNA誘導性DNAヌクレアーゼの一種で、プラスミドやバクテリオファージなど外来遺伝子の侵入を防ぐ原生生物の自然免疫システムの一部です。Cas9は18‐22ntの標的配列と配列特異的な相互作用をするガイドRNA(gRNA)と複合体を形成します。gRNAの標的配列へのハイブリダイゼーションによってCas9はゲノムの標的配列を切断します。

CRISPRによる遺伝子ターゲティングには細胞内で標的配列特異的なgRNAとCas9が共発現している必要があります。Cas9とgRNAをひとつのベクター(all-in-oneベクター)から発現させるか、Cas9とgRNAをそれぞれ独立したベクターから発現させることによって共発現が可能になります。all-in-oneベクターを使うメリットは、CRISPRゲノム編集に必要なすべてのコンポーネントをひとつのベクターのみで供給でき、技術的に簡便である点です。独立したgRNAベクターとCas9ベクターの同時導入を試みても、両ベクターがすべての細胞に同時に導入される確率は大変低くなります。別の方法として、Cas9を安定して大量に発現する細胞もしくは生体にgRNAを発現させる方法がありますが、かなりの時間と労力が必要になります。当社のall-in-oneベクターはCas9とgRNAをレンチウイルスベクターから発現できるため、上記の困難を回避できます。

当社のレンチウイルスCRISPRベクターは遺伝子導入の難しい哺乳類細胞にCas9とgRNAを恒久的かつ高効率に導入できます。 手始めにレンチウイルスCRISPRベクターはE.coliプラスミドとして作製されます。Cas9とgRNA発現カセットはLTR(long terminal repeats)のあいだにクローニングされます。gRNAはヒトU6プロモーターから発現されてCas9を標的ゲノムサイトへ誘導します。次にレンチウイルスCRISPRベクターはヘルパープラスミドと共にパッケージング細胞に導入されます。パッケージング細胞内でLTRのあいだの領域はRNAに転写され、ヘルパープラスミドから発現したウイルスタンパク質がそのRNAをウイルスにパッケージングします。ウイルスは上清に放出され、直接もしくは濃縮後に標的細胞への感染に用いられます。標的細胞に感染したウイルスはウイルスRNAを細胞内に注入します。そしてウイルスRNAはDNAに逆転写されて宿主ゲノムへ挿入され、Cas9とgRNAを発現します。

当社のレンチウイルスCRISPRベクターは実験目的に応じてシングルgRNA発現用とデュアルgRNA発現用のどちらかを選択できます。シングルgRNA発現ベクターはgRNA発現用のヒトU6プロモーターをひとつ、デュアルgRNA発現ベクターはふたつ持ちます。シングルgRNA発現ベクターは遺伝子ノックアウトなどの従来のCRISPRゲノム編集用途に利用され、デュアルgRNA発現ベクターは対となるゲノムサイトを同時に標的とする必要がある用途に利用されます。使用用途として次のようなケースがあります。1)標的サイトに対してペアとなるgRNAとhCas9ニッケース変異体(hCas9-D10A)を使用して、二本鎖DNAのそれぞれの鎖にニック(一本鎖切断)を入れてDSB(double strand break:二本鎖切断)を起こしてゲノム編集を実行する。2)対となるgRNAペアを利用して2ヵ所のDSBを作り出し、そのあいだの配列の欠失を作り出す。3)2つのgRNAによる2つの遺伝子の同時編集。

当社のレンチウイルスCRISPRベクターはウイルスのパッケージングや感染に必要になる遺伝子群が取り除かれています。これらの遺伝子はヘルパープラスミドから提供されます。レンチウイルスベクターによって生産されるウイルスは複製不能(細胞に感染はできるが複製はできない)なので安全です。

 

当ベクターシステムに関する詳細な情報ついては下記の論文を参照してください

References Topic
Science. 339:819 (2013) Description of genome editing using the CRISPR/Cas9 system
Cell. 154:1380–9 (2013) Use of Cas9 D10A double nicking for increased specificity
Nat. Biotech. 31:827 (2013) Specificity of RNA-guided Cas9 nucleases
Science. 343:84 (2014) CRISPR/Cas9 targeting using an all-in-one lentiviral vector

特長

当社のレンチウイルスCRISPRベクターは第三世代レンチウイルスベクターを基に開発されています。E.coliでの高コピー数複製、高タイターのウイルス作製、広範囲な細胞タイプへの高効率な遺伝子導入および宿主ゲノムへの挿入を実現できます。このレンチウイルスCRISPRベクターはひとつのベクターからCas9とgRNAを発現できるように設計されています。さらに、標的ゲノムサイトの数に応じてシングルgRNA発現用ベクターまたはデュアルgRNA発現用ベクターを選択できます。

実験による検証

図1. オールインワンのレンチウイルスベースの CRISPR システムによる遺伝子編集 (A)Cas9:T2A:Puro および EGFP ターゲティングまたはスクランブル gRNA を発現するレンチウイルス ベクターを、対応するレンチウイルス粒子にパッケージ化し、MOI 10 または 50 で EGFP を安定発現する HEK293T 細胞に形質導入した。形質導入された細胞はピューロマイシン (Puro) 耐性で選択した。 (B)) 形質導入細胞のEGFPを顕微鏡 (100 X) で観察した。 (C) gRNA-ターゲット領域を、非形質導入細胞(NC)、スクランブル gRNA、gRNA [EGFP-1]、gRNA [EGFP-2]のゲノムDNAからPCR増幅した。遺伝子編集は T7E1アッセイを用いて検証された。 (D) EGFP陽性細胞は、フローサイトメトリーを使用して定量化した。 (E)EGFP 陽性細胞の比率は、MOI 10 または 50 でレンチウイルスを使用して編集した後、それぞれ 28 ~ 32% または 8 ~ 14% に減少した。 ***P<0.001, gRNA [EGFP-1] 対 gRNA [scramble], ###P<0.001, gRNA [EGFP-2] 対 gRNA [scramble], Dunnett post hoc testによる ANOVA。

メリット

簡便さ: CRISPR/Cas9はgRNAと標的ゲノムサイトの配列の相同性によって機能するために、設計が簡単で分かりやすくなっています。当社のレンチウイルスCRISPRベクターはCas9とgRNAを哺乳類細胞に同時に導入できるように設計されています。これによってCRISPR遺伝子編集に必要なすべてのコンポーネントを一度に導入できるので、Cas9とgRNAを独立したベクターで導入するよりも簡便で時間を節約できます。

高ウイルスタイター:当社のベクターは非常に高いタイターのウイルスを作製できます(当社のウイルス作製サービスを利用すれば>109 TU/mlが可能)。このレベルのタイターならば適量のウイルス上清を使うことで100%近い形質転換効率が得られます。

非常に幅広い親和性:当社のウイルスパッケージングシステムはVSV-Gエンベロープタンパク質をウイルス表面に追加してあり、幅広い親和性を実現しています。その結果、一般的な哺乳類すべて(いくつかの非哺乳類も)を形質転換することができます。さらに、ほとんどの哺乳類細胞(増殖・非増殖細胞、プライマリ細胞、接着・非接着細胞)も形質転換が可能です。従来通りの形質転換法では難しかった神経細胞もレンチウイルスベクターならば確実に形質転換できます。レンチウイルスベクターはアデノウイルスベクター(いくつかの細胞タイプへの形質転換効率が低い)やMMLVレトロウイルスベクター(非増殖細胞の形質転換が困難)よりも広範な親和性を持ちます。

相対的に均一なベクター導入:従来のプラスミドベクターによる遺伝子導入法は細胞に導入されるベクターのコピー数に大きなばらつきが生じますが、一般的に、ウイルスによる遺伝子導入は導入されるベクターのコピー数が相対的に均一になります。

In vitroとin vivoで有効:レンチウイルスベクターは培養細胞と生体の両方に対して効果的です。

安全性:当ベクターの安全性はふたつの点から保証されます。ひとつめはウイルスのパッケージングと感染に要する遺伝子がヘルパープラスミドに移されていること、ふたつめは5' LTR-ΔU3はプロモーター活性をもたないので感染時にウイルスRNAが転写されません。そのために、複製可能なウイルスが発生する可能性はなく、当社のベクターを使用することによる健康へのリスクは最小限になります。

デメリット

技術的な複雑さ:レンチウイルスベクターはパッケージング細胞によるウイルス作製とタイターの正確な計測などの操作が必要になります。従来のプラスミドを使った遺伝子導入と比べてこれらは高い技術の習熟が必要となり、時間もかかります。

オフターゲット活性:CRISPR/Cas9システムはある程度のオフターゲット活性があります。一般的にはTALENシステムの方が低いオフターゲット活性を持つといわれています。しかしながら、標的のゲノムサイトに対してhCas9-D10AニッケースとgRNAを2つ使用して2本鎖DNAのそれぞれの鎖に対してニックをいれ、DSBを作り出す方法ならばオフターゲット活性を大幅に減少させることができます。

PAMが必要:CRISPR/Cas9システムはgRNA標的配列の3’末端のすぐ隣にPAMと呼ばれる配列が必要です。

基本コンポーネント

シングルgRNA レンチウイルスCRISPRベクター

RSV promoter: ラウス肉腫ウイルスプロモーター。ウイルスRNAを転写する。その後ウイルスRNAはウイルスにパッケージングされる。

5’LTR-ΔU3: HIV-1の5‘LTR(long terminal repeat)に欠損を起こしたもの。レンチウイルス野生株の5‘LTRと3' LTRは相同配列をもつ。5‘LTRと3‘LTRはウイルスゲノムの両端に同じ向きで配置される。ウイルスゲノムの挿入過程に3‘LTRの配列は5‘LTRに上書きされる。LTRはプロモーターとポリアデニレーションシグナルの両方の機能があり、野生株では5‘LTRはウイルスゲノムを転写するプロモーターとして、3‘LTRは転写終了させるためのポリアデニレーションシグナルとして機能する。当社のベクターでは、5' LTR-ΔU3はウイルスの転写因子TatがLTRのプロモーターを活性化するために必要な配列が欠損している。しかしながら、5' LTR-ΔU3 上流のRSVプロモーターが代わりにプロモーターとして機能するため、この欠損はパッケージング時のウイルスRNAの生産に影響しない。

Ψ: ウイルスRNAのパッケージングに必要なHIV-1パッケージングシグナル。

RRE: HIV-1 Rev response element。ウイルスRNAのパッケージング時のRevタンパク質によるウイルスRNAの核外輸送に必要。

cPPT: HIV-1 Central polypurine tract。細胞感染中にウイルスゲノムの核内輸送を促進させるためのDNAフラップを形成する。ベクターの宿主ゲノムへの挿入効率を上昇させ、形質転換効率を高める。

U6 promoter: ヒトU6 snRNAのプロモーター。small RNAの転写をするRNAポリメラーゼIIIによってgRNAを高レベルで発現する。

gRNA: Streptococcus pyogenes由来のCas9(SpCas9)用のgRNA。

Terminator: gRNAの転写を停止する。

EFS Promoter: ヒト真核生物転写伸長因子アルファ1プロモーター。下流のCas9を発現する。

Cas9 protein: Cas9遺伝子。

WPRE: ウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節因子。ウイルスRNAの3' LTRでの転写停止を促進してパッケージング細胞でのウイルスRNAを増加させ、高ウイルスタイターを実現する。さらに、マーカー遺伝子の転写停止も促進することで高い発現レベルを可能にする。

3’LTR-ΔU3: HIV-1の3‘LTRのU3領域に欠損を起こしたもの。ウイルスベクター挿入過程で3' LTRが5' LTRを上書きするために、プロモーター不活性型の5' LTR-ΔU3が宿主ゲノムへ挿入される。3’LTR-ΔU3のポリアデニレーションシグナルはウイルスパッケージング中と宿主ゲノムに挿入後のすべての転写反応を停止させる。

SV40 early pA: SV40(Simian virus 40)のearlyポリアデニレーションシグナル。ウイルスパッケージング時の3' LTRによるウイルスRNA転写停止を補助する。パッケージング細胞でのウイルスRNAを増加させ高ウイルスタイターを実現する。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。

pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。

デュアルgRNA レンチウイルスCRISPRベクター

RSV promoter: ラウス肉腫ウイルスプロモーター。ウイルスRNAを転写する。その後ウイルスRNAはウイルスにパッケージングされる。

5’LTR-ΔU3 : HIV-1の5‘LTR(long terminal repeat)に欠損を起こしたもの。レンチウイルス野生株の5‘LTRと3' LTRは相同配列をもつ。5‘LTRと3‘LTRはウイルスゲノムの両端に同じ向きで配置される。ウイルスゲノムの挿入過程に3‘LTRの配列は5‘LTRに上書きされる。LTRはプロモーターとポリアデニレーションシグナルの両方の機能があり、野生株では5‘LTRはウイルスゲノムを転写するプロモーターとして、3‘LTRは転写終了させるためのポリアデニレーションシグナルとして機能する。当社のベクターでは、5' LTR-ΔU3はウイルスの転写因子TatがLTRのプロモーターを活性化するために必要な配列が欠損している。しかしながら、5' LTR-ΔU3 上流のRSVプロモーターが代わりにプロモーターとして機能するため、この欠損はパッケージング時のウイルスRNAの生産に影響しない。

Ψ: ウイルスRNAのパッケージングに必要なHIV-1パッケージングシグナル。

RRE: HIV-1 Rev response element。ウイルスRNAのパッケージング時のRevタンパク質によるウイルスRNAの核外輸送に必要。

cPPT: HIV-1 Central polypurine tract。細胞感染中にウイルスゲノムの核内輸送を促進させるためのDNAフラップを形成する。ベクターの宿主ゲノムへの挿入効率を上昇させ、形質転換効率を高める。

U6 promoter: ヒトU6 snRNAのプロモーター。small RNAの転写をするRNAポリメラーゼIIIによってgRNAを高レベルで発現する。

gRNA #1: Streptococcus pyogenes由来のCas9用のgRNA#1。

gRNA #2: Streptococcus pyogenes由来のCas9用のgRNA#2。

Terminator: gRNAの転写を停止する。

EFS Promoter: ヒト真核生物転写伸長因子アルファ1プロモーター。下流のCas9を発現する。

Cas9 protein: Cas9遺伝子。

WPRE: ウッドチャック肝炎ウイルス転写後調節因子。ウイルスRNAの3' LTRでの転写停止を促進してパッケージング細胞でのウイルスRNAを増加させ、高ウイルスタイターを実現する。さらに、マーカー遺伝子の転写停止も促進することで高い発現レベルを可能にする。

3’LTR-ΔU3: HIV-1の3‘LTRのU3領域に欠損を起こしたもの。ウイルスベクター挿入過程で3' LTRが5' LTRを上書きするために、プロモーター不活性型の5' LTR-ΔU3が宿主ゲノムへ挿入される。3’LTR-ΔU3のポリアデニレーションシグナルはウイルスパッケージング中と宿主ゲノムに挿入後のすべての転写反応を停止させる。

SV40 early pA: SV40(Simian virus 40)のearlyポリアデニレーションシグナル。ウイルスパッケージング時の3' LTRによるウイルスRNA転写停止を補助する。パッケージング細胞でのウイルスRNAを増加させ高ウイルスタイターを実現する。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。

pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。

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