キメラバキュロウィルス-AAV遺伝子発現ベクター

概要

AAV (adeno-associated virus) 発現ベクターはin vitro及びin vivoでの遺伝子導入に広く汎用されています。AAVは多くの哺乳類細胞株への遺伝子導入が可能であり、アデノウィルスと異なり免疫原性が非常に低いため、in vivoで他の病理的影響をあまり考えずに使用でき、動物実験において大変有用です。キメラバキュロウィルス-AAV組み換えベクターは昆虫細胞を用いてラージスケールでの生産が非常に効率よく行え、遺伝子治療の前臨床試験や臨床試験に応用する有力な生産方法となります。

バキュロウィルスを用いたAAVベクターは目的遺伝子(GOI)をAAVのITRsで挟み込んだ組み換えバキュロウィルスとAAVのrepとcap遺伝子を組み込んだヘルパーバキュロウィルスの2種類の組み換えバキュロウィルスとバキュロウィルスを昆虫細胞に同時感染させて生産します。2種類の組み換えバキュロウィルスを作製するには、まずそれぞれの発現カセットをバキュロウィルストランスファーベクターに組み込みます。発現カセットには目的遺伝子とゲンタマイシン耐性遺伝子が共にTn7トランスポゾン末端因子, Tn7LとTn7Rで挟んだ構造をとっています。このベクターを空のバキュロウイルスシャトルベクター(別名バクミド)とヘルパープラスミドを持つ大腸菌宿主に同時形質転換することで組み換えバクミドを構築します。バクミドはバキュロウィルスゲノムにlacZ遺伝子とattTn7結合サイトをlacZコーディング領域に挿入した大きなプラスミドです。ヘルパープラスミドはTn7トランスポゼースを発現します。トランスポゼースはトランスファーベクターのTn7RとTn7Lで挟まれた領域、すなわち発現カセットとゲンタマイシン耐性遺伝子のバクミドのattTn7結合サイトへの転移を促進します。うまく組み換えが起きたバクミドを持つコロニーはゲンタマイシン耐性とブルー/ホワイト識別(組み換えが起きていなければlacZの発現で青くなり、組み換えが起きたコロニーはlacZ遺伝子が転移挿入により破壊されるので白いことを利用)で選択することができます。そして精製したバクミドDNAを昆虫細胞にトランスフェクションし、組み換えバキュロウィルスを生産させます。

当社のキメラバキュロウィルス-AAVベクターはユーザーの目的遺伝子(GOI)をAAVのITRsで挟んだ設計をしています。このベクターで作製した組み換えバキュロウィルスは次にAAV repとcap遺伝子を発現するヘルパープラスミドと共に昆虫細胞に導入してキメラバキュロウィルス-AAVウィルス粒子を生産することができます。AAVウィルスベクターをターゲット細胞に感染させるとウィルス内の1本鎖線状DNAゲノムが細胞に入り、宿主細胞のDNAポリメラーゼによって2本鎖DNAに変換され、核内でエピソーマルコンカテマーとなります。このコンカテマーは複製しないため、分裂しない細胞では長期間維持されますが、分裂する細胞では分裂ごとに希釈され、減少していきます。また、AAVゲノムの宿主細胞のゲノムへのインテグレーションは滅多に起きませんので、遺伝子治療などのゲノムへの影響が心配される場合に有用です。

AAVの最も大きな利点はバイオセーフティレベル1(BSL1)の実験室で扱えることです。これはAAVが宿主細胞内で複製できないため、ヒトへの害がないためです。

AAVは多くの株が同定されており、ウィルスの表面タンパク質(カプシドタンパク質)の抗原性の違い(血清型;セロタイプ)により型が分類されています。血清型の違いにより、組織指向性(組織別感染効率)が異なるため、AAVベクターを作製する際は導入先の組織によって適した型を選択する必要があります。現在、キメラバキュロウィルス-AAVベクターのパッケージング用に当社で提供している血清型はセロタイプ1, 2, 6, 8 と 9です。以下の表はAAV血清型と適した標的組織・細胞のリストです。

セロタイプ別
組織別

Serotype Tissue tropism
AAV1 平滑筋骨格筋中枢神経系, 網膜内耳膵臓心臓肝臓
AAV2 平滑筋, 中枢神経系, ,  肝臓,  膵臓腎臓網膜内耳, 精巣
AAV3 平滑筋肝臓
AAV4 中枢神経系網膜腎臓心臓
AAV5 平滑筋中枢神経系, , 網膜心臓
AAV6 平滑筋心臓膵臓, 脂肪肝臓
AAV6.2 肝臓内耳
AAV7 平滑筋網膜中枢神経系, 肝臓
AAV8 平滑筋, 中枢神経系, 網膜内耳肝臓膵臓心臓腎臓脂肪
AAV9 平滑筋, 骨格筋肝臓心臓膵臓中枢神経系網膜内耳精巣肝臓脂肪
AAVrh10 平滑筋, 肝臓心臓, 膵臓中枢神経系網膜, 腎臓
AAV-DJ 肝臓心臓腎臓脾臓
AAV-DJ/8 肝臓腎臓脾臓
AAV-PHP.eB 中枢神経系
AAV-PHP.S 末梢神経系
AAV2-retro 脊髄神経
AAV2-QuadYF 内皮細胞網膜
AAV2.7m8 網膜内耳

Tissue type Recommended AAV serotypes
平滑筋 AAV1, AAV2, AAV3, AAV5, AAV6, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10
骨格筋 AAV1, AAV9
中枢神経系 AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-PHP.eB
末梢神経系 AAV-PHP.S
AAV1, AAV2, AAV5, AAV7, AAV8, AAV-DJ/8
網膜 AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV2-QuadYF, AAV2.7m8
内耳 AAV1, AAV2, AAV6.2, AAV8, AAV9, AAV2.7m8
AAV1, AAV3, AAV4, AAV5, AAV6, AAV6.2, AAV9, AAVrh10
肝臓 AAV1, AAV2, AAV3, AAV6, AAV6.2, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8
膵臓 AAV1, AAV2, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10
心臓 AAV1, AAV4, AAV5, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ
腎臓 AAV2, AAV4, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8
脂肪 AAV6, AAV8, AAV9
精巣 AAV2, AAV9
脾臓 AAV-DJ, AAV-DJ/8
脊椎神経 AAV2-retro
内皮細胞 AAV2-QuadYF

当ベクターシステムのより詳細な情報については下記の論文を参照してください。

References Topic
Methods Mol Bio. 1937:91 (2019) AAV production using baculovirus expression vector system
Mol Ther. 17:1888 (2009) Using a simplified baculovirus-AAV expression vector system yields high-titer rAAV stocks
Mol Ther. 12:1217 (2005) Production of pseudotyped rAAV vectors using a modified baculovirus expression system

特徴

キメラバキュロウィルス-AAV遺伝子発現ベクターは昆虫細胞を用いて、高効率に大量生産が可能です。本ベクターは大腸菌内で高いコピー数を保持することができ、組み換えバキュロウィルスを高タイターでパッケージングでき、安全性リスクは低くするよう最適化されています。

メリット

スケールと効率性:Sf9のような昆虫細胞株は高密度液体培養が可能で大規模バイオリアクターが使用でき、キメラバキュロウィルス-AAVベクターは従来の接着細胞を用いたAAV生産よりも効率良く大量生産することが可能です。

安全性: バキュロウィルスは昆虫細胞外で複製することができないため、哺乳類や植物では病原性がありません。よって、本ベクターシステムは昆虫細胞株を用いてバイオセーフティレベルは最低限で利用することができます。さらに、昆虫細胞は無血清条件で増殖させることができるため、他種動物由来のタンパク質が混入する心配が要りません。最後に、本システムによって生産された組み換えAAVは複製能を欠如しており、ヒトへの病原性は認められていません。

宿主細胞のゲノム破壊の低リスク: 宿主細胞へ導入されたアデノウイルスベクターは、核内でエピソーマルDNAとしてとどまります。宿主ゲノムへ組み込まれないため、ヒトでの応用に望ましく、ゲノム破壊によって生じる発がんリスクを抑えることができます。

高いウィルスタイター: ベクタービルダーのキメラバキュロウィルス-AAV ベクターは、高タイターのAAVを得ることができます。. ベクタービルダーのSf9細胞へのバキュロウィルス感染を利用したAAVパッケージングサービスでは、10^13 genome copy/ml(GC/ml)以上のタイターでウイルスを回収することができます。

広範な組織指向性: 適切な血清型にパッケージングされれば、ヒト、マウス、およびラットなどの一般的に使用される哺乳動物種の様々なタイプの細胞および組織に導入することができます。しかしながら、使用する血清型によっては、ある種の細胞への導入は難しいことが知られています。(以下のデメリットを参照ください。 )

 in vitro と in vivoの両方で使用が可能: AAVは主に生きた動物へ形質導入する場合に使用されますが、in vitroにも効率よく使用できます。

デメリット

カーゴスペースが小さいSmall cargo space: AAVはベクタービルダーのウイルスベクターの中で、搭載できるウイルスゲノムサイズが最小です。AAVが許容できるITR間の最大サイズは4.7kbのため、ユーザーが選択できる遺伝子やコンポーネントの合計サイズは~4.2 kbに制限されます。

特定の細胞種には導入しにくい:適切な血清型にパッケージングされれば、AAVベクターシステムは非分裂細胞を含め、様々なタイプの細胞への遺伝子導入が可能ですが、細胞によっては、いずれの血清型を使用しても遺伝子導入が難しい場合があります。

技術的な複雑性: キメラバキュロウィルス-AAV発現システムを用いてAAVウイルスベクターを作製するには、目的遺伝子のバキュロウィルストランスファーベクターへのクローニング、トランスファーベクターからの組み換えバクミド作製、昆虫細胞へのバクミドのトランスフェクション、そして直後に昆虫細胞をバキュロウィルスに感染させるといった複数のステップを必要とします。これらのステップは従来のトリプルトランスフェクションによるAAV生産と同じように技術力と時間を要します。これらの負担は当社のAAVパッケージングサービス(バキュロウィルスをSf9細胞に感染)をご利用頂くことで軽減できます。

キメラバキュロウィルス-AAVベクターの基本コンポーネント

5' ITR: 5’ inverted terminal repeat. 野生型ウイルスでは5’ITRと3’ITRは同じ配列で、ウイルスゲノムの両末端に反対の方向で配置されており、ウイルスゲノムの複製起点になります。

Promoter: 目的遺伝子を駆動するプロモーターをここに配置します。

Kozak: Kozakコンセンサス配列。真核細胞において翻訳開始を促進させるため、目的遺伝子ORFの開始コドン直前に配置します。 

ORF: 目的遺伝子のOpen reading frameをここに配置します。

BGH pA: ウシ成長ホルモンポリA付加シグナル。パッケージングにおいて、上流ORFの転写を終結させます。

3' ITR: 3’ inverted terminal repeat. 5’UTRの項目を参照下さい。

Tn7L: Tn7 transposon left terminal element. Tn7トランスポゼースによって認識されます。Tn7RとTn7Lによって挟まれたDNA配列はTn7トランスポゼースによってattTn7結合部位に転移させることができます。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。アンピシリンによってプラスミド導入大腸菌を選択します。

pUC ori: pUCの複製起点であるpUC oriをコードするプラスミドは、大腸菌において高コピー数で保持されます。

Tn7R: Tn7 transposon right terminal element. Tn7トランスポゼースによって認識されます。Tn7RとTn7Lによって挟まれたDNA配列はTn7トランスポゼースによってattTn7結合部位に転移させることができます。

Gentamicin: ゲンタマイシン耐性遺伝子。組み換えバクミドを持っている大腸菌を薬剤選択できるようにします。