Vector Systems
AAV miR30型shRNAノックダウンベクター
概要
当社のAAV miR30型shRNAノックダウンベクターはin vitroおよびin vivo環境で効率的な標的遺伝子のノックダウンを実現します。AAVは免疫原性や細胞毒性が低いため動物実験に理想的です。当システムはAAVを利用して任意の遺伝子とmiR30型shRNA(shRNAmiR)を発現するポリシストロニック発現カセットを細胞に導入します。AAVノックダウンベクターは宿主ゲノムに挿入されることなくエピソームDNAとして細胞核内で維持されます。shRNAmiR転写物は宿主細胞のmiRNA経路によって機能性shRNAへと変換されて標的遺伝子mRNAの分解を促進します。
AAV miR30型shRNAノックダウンベクターはE.coliのプラスミドとして作製されています。任意の遺伝子とmiR30型shRNA(shRNAmiR)を発現するポリシストロニック発現カセットはITR (inverted terminal repeats)のあいだにクローニングされます。ベクターがヘルパープラスミドと共にパッケージング細胞に導入されると、ITRのあいだのポリシストロニック発現カセットがウイルスとしてパッケージングされます。ウイルスの標的細胞への感染によってベクターは細胞内に導入されます。
AAV野生株のゲノムはssAAVと呼ばれる、線状の一本鎖DNA(ssDNA)であり、両端にヘアピン構造を持つITRを持ちます。ssAAV上の遺伝子が発現するためにはまず、2つの経路によって二本鎖DNAに変換される必要があります。1)DNAポリメラーゼがssDNAゲノムをテンプレート、3' ITRを複製開始サイトとして相補鎖を複製する。2)ssAAVゲノムのあいだで+鎖と-鎖のあいだの分子間ハイブリダイゼーションによって2本鎖DNAを作り出す。二本鎖DNAへの変換は主に1)の経路によってなされます
AAVゲノムDNAは宿主細胞の核内で連結した(コンカテマー)エピソームDNAとして維持されます。エピソームDNAは宿主ゲノム内で複製されないので、AAVゲノムは非増殖細胞では宿主細胞内で維持されますが、増殖細胞では細胞分裂によって希釈されて最終的には消失します。AAVゲノムが宿主ゲノムに挿入されることは非常に稀です。それゆえベクターの挿入によって細胞が癌化する懸念がないのでAAVベクターは遺伝子治療などの用途に適しています。
U6のようなRNAポリメラーゼⅢプロモーターを利用する従来のshRNAベクターと異なり、miR30型shRNAはRNAポリメラーゼⅡによって発現されます。そのため組織特異性、誘導性、または転写活性の異なるプロモーターなどを利用して、恒久的に発現するU6プロモーターではできなかった実験条件が可能になります。
大きなサイズの転写産物を生産できるRNAポリメラーゼⅡは他のノックダウンベクターシステムにはない利点をもたらします。複数のshRNAmiRsを含んだポリシストロンを転写して、複数のshRNAを細胞内で同時生産することができます。これによって一つの転写産物から複数の標的遺伝子のノックダウンを実行したり、一つの遺伝子の複数部位を標的とすることでノックダウン効率を高めたりすることが可能になります。当社ではシングルshRNAとマルチshRNA発現用ベクターが用意されています。さらに、当ベクターに任意の遺伝子をshRNAmiRsと共にポリシストロンに組み込むことも可能です。この遺伝子をマーカーとして使うことでshRNA転写効率のモニターや遺伝子とshRNAの共発現が必要になる実験に利用できます。
AVVは複製不能でヒトに対して炎症反応などの疾患の原因にほとんどならないために、バイオセーフティレベル1の施設で扱うことができ、非常に実用性が高いシステムです。
自然界から単離された複数のAAV株は、ウイルス表面のカプシドタンパク質の抗原性に基づいた血清型で分類できます。血清型によってウイルスの親和性(感染の組織特異性)が変わります。AAVベクターをパッケージングする際には異なるカプシドタンパク質を選択することでウイルスの血清型を変更することができます。クローニングの際、特異性に影響を与えないためにこの分野では一般的であるAAV2由来のITRが使用されています。パッケージング用のヘルパープラスミドにはRep/Capプラスミドがあり、AAV2由来の複製遺伝子と選択した血清型のカプシドタンパク質を含み、指向性を決定します。AAVの血清型と組織親和性の対応については下記の表をご覧ください。
セロタイプ別
組織別
Serotype | Tissue tropism |
---|---|
AAV1 | 平滑筋, 骨格筋, 中枢神経系, 脳, 肺, 網膜, 内耳, 膵臓, 心臓, 肝臓 |
AAV2 | 平滑筋, 中枢神経系, 脳, 肝臓, 膵臓, 腎臓, 網膜, 内耳, 精巣 |
AAV3 | 平滑筋, 肝臓, 肺 |
AAV4 | 中枢神経系, 網膜, 肺, 腎臓, 心臓 |
AAV5 | 平滑筋, 中枢神経系, 脳, 肺, 網膜, 心臓 |
AAV6 | 平滑筋, 心臓, 肺, 膵臓, 脂肪, 肝臓 |
AAV6.2 | 肺, 肝臓, 内耳 |
AAV7 | 平滑筋, 網膜, 中枢神経系, 脳, 肝臓 |
AAV8 | 平滑筋, 中枢神経系, 脳, 網膜, 内耳, 肝臓, 膵臓, 心臓, 腎臓, 脂肪 |
AAV9 | 平滑筋, 骨格筋, 肺, 肝臓, 心臓, 膵臓, 中枢神経系, 網膜, 内耳, 精巣, 肝臓, 脂肪 |
AAVrh10 | 平滑筋, 肺, 肝臓, 心臓, 膵臓, 中枢神経系, 網膜, 腎臓 |
AAV-DJ | 肝臓, 心臓, 腎臓, 脾臓 |
AAV-DJ/8 | 肝臓, 脳, 腎臓, 脾臓 |
AAV-PHP.eB | 中枢神経系 |
AAV-PHP.S | 末梢神経系 |
AAV2-retro | 脊髄神経 |
AAV2-QuadYF | 内皮細胞, 網膜 |
AAV2.7m8 | 網膜, 内耳 |
Tissue type | Recommended AAV serotypes |
---|---|
平滑筋 | AAV1, AAV2, AAV3, AAV5, AAV6, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10 |
骨格筋 | AAV1, AAV9 |
中枢神経系 | AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-PHP.eB |
末梢神経系 | AAV-PHP.S |
脳 | AAV1, AAV2, AAV5, AAV7, AAV8, AAV-DJ/8 |
網膜 | AAV1, AAV2, AAV4, AAV5, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV2-QuadYF, AAV2.7m8 |
内耳 | AAV1, AAV2, AAV6.2, AAV8, AAV9, AAV2.7m8 |
肺 | AAV1, AAV3, AAV4, AAV5, AAV6, AAV6.2, AAV9, AAVrh10 |
肝臓 | AAV1, AAV2, AAV3, AAV6, AAV6.2, AAV7, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8 |
膵臓 | AAV1, AAV2, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10 |
心臓 | AAV1, AAV4, AAV5, AAV6, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ |
腎臓 | AAV2, AAV4, AAV8, AAV9, AAVrh10, AAV-DJ, AAV-DJ/8 |
脂肪 | AAV6, AAV8, AAV9 |
精巣 | AAV2, AAV9 |
脾臓 | AAV-DJ, AAV-DJ/8 |
脊椎神経 | AAV2-retro |
内皮細胞 | AAV2-QuadYF |
当ベクターシステムに関する詳細な情報ついては下記の論文を参照してください
References | Topic |
---|---|
Cell Rep. 5:1704 (2013) | An Optimized microRNA Backbone for Effective Single-Copy RNAi |
Methods Enzymol. 507:229-54 (2012) | Review of AAV virology and uses |
Curr Opin Pharmacol. 24:59-67 (2015) | AAV use in gene therapy, and serotype differences |
特長
当社のAAV miR30型shRNAノックダウンベクターは遺伝子ノックダウンのために最適化されたmiRNAシステムが組み込まれ、E.coliでの高コピー数複製、高タイターのウイルス作製、宿主細胞へ高効率なベクター導入および高い発現レベルを可能にします。AAVベクターは高い安全性とパッケージング時にすべてのカプシドタンパク質の血清型を選択できるため、非常に高効率な遺伝子導入を実現しています。任意のプロモーターによって任意の遺伝子と複数shRNAmiRsをポリシストロニック転写産物として発現できます。shRNAmiRsは効率的なshRNA生産と標的遺伝子のノックダウンを実現する、最適化されたmiR30配列を持ちます。
メリット
プロモーターが選択可能: U6のようなRNAポリメラーゼⅢプロモーターを利用するshRNAシステムとは異なり、当システムではRNAポリメラーゼⅡ用プロモーターが採用されています。そのため、組織特異性プロモーターや誘導性プロモーターなどを利用してmirR30型shRNAを発現できます。
複数shRNA同時発現:RNAポリメラーゼⅡは大きなサイズのRNAを転写することができるので、単一プロモーターから複数shRNAmiRをポリシストロンとして発現させることができます。シングルshRNAとマルチshRNA発現用ベクターが用意されています。
レポーター遺伝子の共発現:任意の遺伝子もしくはレポーター遺伝子をshRNAmiRと共にポリシストロンとして発現することができます。レポーター遺伝子はshRNA転写量モニタリングに利用できます。
安全性: AAVは複製不能であり、ヒトの疾患の原因とならないので、最も安全なウイルスベクターシステムです。
宿主ゲノムの損傷リスクが低い: 宿主細胞への導入後、AAVベクターはエピソームDNAとして細胞核に存在します。宿主ゲノムへの挿入が起こらないので癌化の原因となりうる宿主ゲノムの損傷リスクを減らすことができ、ヒトへのin vivo用途に適しています。
高ウイルスタイター:当社のAAVベクターは高いタイターのウイルスを作製できます。当社のウイルス作製サービスを利用すれば1013 GC/ml(genome copy per ml)以上が可能です。
幅広い親和性:適切な血清型でウイルスを作製することによってヒト、マウス、ラットなど一般的に使用される哺乳類動物由来の幅広い細胞及び組織タイプに遺伝子を導入できます。ただし、血清型によっては遺伝子導入が難しい細胞タイプがあります。
In vitroとin vivoで有効:培養細胞と生体内の細胞に対しても使用できます。
デメリット
特定の細胞タイプへの遺伝子導入が困難:AVVベクターは適切な血清型を選択することで非増殖細胞を含む数多くの細胞タイプへの遺伝子導入が可能になります。それぞれの血清型は異なる組織親和性がありますが、どの血清型を使っても遺伝子導入が難しい細胞タイプも存在します。
技術的な複雑さ:AVVベクターはパッケージング細胞によるウイルス作製とタイターの正確な計測などの操作が必要になります。従来のプラスミドを使った遺伝子導入と比べてこれらは高い技術の習熟が必要となり、時間もかかります。
基本コンポーネント
AAV シングルmiR30型shRNAノックダウンベクター
5' ITR: 5' inverted terminal repeat. 野生株の5' ITR と3' ITRは基本的に同じ配列を持つ。ウイルスゲノムの両端に逆向きに配置され、ウイルスゲノムの複製起点として機能する。
Promoter: 下流の遺伝子とshRNAmiR をポリシストロンとして転写する。U6のようなRNA polymerase III ではなくRNA polymerase IIプロモーターが使われる。
Kozak: Kozak配列。真核生物での翻訳開始を促進すると考えられているためORFの開始コドンの前に配置される。
ORF: 任意の遺伝子もしくはレポーター遺伝子を配置する。shRNA発現モニタリングにも利用可能。
5' miR-30E: 最適化されたヒトmiR30 5’関連配列。shRNAプロセシングと成熟、そしてポリシストロンからの切断分離を促進する。
3' miR-30E: 最適化されたヒトmiR30 3’関連配列。shRNAプロセシングと成熟、そしてポリシストロンからの切断分離を促進する。
miR30-shRNA: ノックダウン標的配列から設計され、shRNAヘアピン構造のステム部分を形成する。
調節因子:WPRE(Woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element)を追加できる。WPREはパッケージング細胞内でウイルスを安定化してウイルスタイターを増加させ、遺伝子発現を高める。
BGH pA: ウシ成長因子ポリアデニレーションシグナル。上流の遺伝子とshRNAmiRのポリシストロンの転写を停止する。
3' ITR: 3' inverted terminal repeat.
Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。
pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。
AAV マルチmiR30型shRNA ノックダウンベクター
5' ITR: 5' inverted terminal repeat. 野生株の5' ITR と3' ITRは基本的に同じ配列を持つ。ウイルスゲノムの両端に逆向きに配置され、ウイルスゲノムの複製起点として機能する。
Promoter: 下流の遺伝子とshRNAmiR をポリシストロンとして転写する。U6のようなRNA polymerase III ではなくRNA polymerase IIプロモーターが使われる。
Kozak: Kozak配列。真核生物での翻訳開始を促進すると考えられているためORFの開始コドンの前に配置される。
ORF: 任意の遺伝子もしくはレポーター遺伝子を配置する。shRNA発現モニタリングにも利用可能。
5' miR-30E: 最適化されたヒトmiR30 5’関連配列。shRNAプロセシングと成熟、そしてポリシストロンからの切断分離を促進する。
3' miR-30E: 最適化されたヒトmiR30 3’関連配列。shRNAプロセシングと成熟、そしてポリシストロンからの切断分離を促進する。
miR30-shRNA#1: ノックダウン標的配列(#1)から設計され、shRNAヘアピン構造のステム部分を形成する。
miR30-shRNA#2: ノックダウン標的配列(#2)から設計され、shRNAヘアピン構造のステム部分を形成する。
miR30-shRNA#3: ノックダウン標的配列(#3)から設計され、shRNAヘアピン構造のステム部分を形成する。
miR30-shRNA#4: ノックダウン標的配列(#4)から設計され、shRNAヘアピン構造のステム部分を形成する。
regulatory element:WPRE(Woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element)を追加できる。WPREはパッケージング細胞内でウイルスを安定化してウイルスタイターを増加させ、遺伝子発現を高める。[廣瀬1]
BGH pA: ウシ成長因子ポリアデニレーションシグナル。上流の遺伝子とshRNAmiRのポリシストロンの転写を停止する。
3' ITR: 3' inverted terminal repeat.
Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。 E.coliへのアンピシリン耐性によるプラスミドの維持を可能にする。
pUC ori: pUC複製起点。E.coliでプラスミドを高コピーで維持する。