ウイルスタイターが低くなる理由
多くの遺伝子導入実験では、標的細胞への遺伝子の効率的な送達のためにウイルスベクターを利用しています。組換えウイルスの作製には、GOIとウイルスゲノムを含むプラスミドをバクテリア細胞で増幅してパッケージング細胞にトランスフェクトする操作が必要です。パッケージング細胞から産生された組み換えウイルスは単離、精製、濃縮操作を経て実験に使用されます。多くの分子生物学実験がそうであるように、これらの煩雑な作業は、上手くいかないストレスの原因となることもあれば、爽快な勝利につながることもあります。ウイルスベクターに関わる諸問題はデザイン、トランスフェクション、遺伝子毒性などに起因します。もし得られたウイルスタイターが低い場合は、VectorBuilderが蓄積した確実にタイターを改善できるコツを紹介させていただきます。
タイター測定法
パッケージング細胞からウイルスを分離した後には、ウイルスの採取量(ウイルスタイター)を決定します。このステップは効率的なトランスダクションを実行するために不可欠です。様々なウイルスタイター測定法があり、状況に応じて適切な測定法を選択する必要があります。選択の基準としては、物理的力価(物理的な量)と機能的力価(生物学的活性のレベル)のどちらが重要か、または使用するウイルスタイプに依存します。下の表で一般的なウイルスのタイター測定法を比較しています。
ウイルスタイプ | 機能 or 物理タイター | 内容 |
---|---|---|
レンチウイルス、レトロウイルス | 機能 | 蛍光アッセイ |
AAV | 機能 | TCID50法(セロタイプによっては実施不可) |
アデノウイルス, HSV, VSV, VACV | 機能 | プラークアッセイ |
アデノウイルス | 機能 | HEK293細胞におけるアデノウイルス特異的ヘキソンタンパク質の免疫組織化学アッセイ |
レンチウイルス | 物理 | ELISA: HIV-1 p24コアタンパク質 |
AAV | 物理 | ITR領域を標的とするqPCR |
高純度アデノウイルス | 物理 | ウイルス粒子の光学密度測定 |
それぞれの測定法には利点と欠点があります。測定方法、モデル、試薬、機器の違いによって結果が異なる可能性があるため、測定タイターの違いは一般的な問題となります。ウイルスが分解していると、タイターが低くなることがあります。
タイターチェックリスト
研究室で作製したウイルスのタイターが低い場合は、数多くの作製ステップのどれかが原因と考えられます。まずはベクターデザインが適切であることが重要で、サイズ上限を超えるようなインサートの挿入や、100塩基以上にわたって70%以上のGC含有率を持つ配列の存在はウイルスタイターの低下原因となります。AAVベクターのITR(inverted terminal repeats)はGCリッチでプラスミド複製の際に変異が導入されやすく、タイター低下の原因となります。正しいITR配列を維持することが高タイターに重要です。
適切なヘルパープラスミドとパッケージング細胞を使用していることを確認してください。例えば、第二世代のレンチウイルスのトランスファープラスミドは、第三世代のレンチウイルスパッケージングプラスミドとは使わないでください。パッケージング細胞はトランスファープラスミドとヘルパープラスミドを同時にトランスフェクションする必要があります。パッケージング細胞が老化状態となっていると、トランスフェクション効率が下がり、ウイルスタイターは低下します。最後に、ウイルスの回収条件(例えば上清からの回収か、細胞ペレットからの回収かなど)を最適化してください。
毒性がある遺伝子
もしすべてのトランスフェクション条件を最適化してもウイルスタイターが低い場合、トランスファープラスミドに組み込まれた遺伝子が原因となっているケースもあります。パッケージング細胞に対して毒性がある遺伝子は数多く見つかっています、例えばBaxやGSDMEのようなプロアポトーシス遺伝子、BABAM2やNEK1のような細胞周期調節因子、F2RL1やFoxn1のような増殖調節因子などが挙げられます。これらの遺伝子がトランスファープラスミドに組み込まれていると、細胞毒性によりパッケージング細胞は高タイターのウイルスを産生できないことがあります(例えばMcCleanら、2009年およびJanusら、2020年)。他にはCRISPRaトランス活性化因子p65/HSF1を持つベクターは、高い頻度でウイルスタイターが低くなることがわかっています。
毒性遺伝子が組み込まれたトランスファープラスミドを使って高いウイルスタイターを得るための最も簡便な方法は、プロモーターをより弱い活性を持つものに変更することです。下の表にあるように、Foxn1を搭載したトランスファーベクターはFoxn1発現用に強力なプロモーターを使用すると低いウイルス力価を示したが、より弱いプロモーターに変更すると、無毒性のEGFPを含むコントロールウイルスと同等の力価を示しました。
GOI | プロモーター活性 | 総タイター (vg) |
---|---|---|
mFoxn1:P2A:EGFP | #1 (高活性) | 1.16x1011 |
mFoxn1:P2A:EGFP | #1 (高活性) | 3.46x1011 |
mFoxn1:P2A:EGFP | #3 (中活性) | 1.56x1012 |
EGFP | #3 (中活性) | 2.05x1012 |
また、誘導性もしくは組織特異的プロモーターを採用することでパッケージング細胞における毒性遺伝子の発現レベルを低く保つことができます。強力なプロモーターがどうしても必要な場合は、パッケージング細胞を改変することで毒性遺伝子の活性を阻害する方法もあります。たとえば、RNAiを利用してパッケージング用プラスミドから複数shRNAを発現させて発現を抑制する方法は良く用いられます。パッケージング細胞のダメージを避けるために導入遺伝子の発現を抑制する方法は他にもいくつかあります。毒性遺伝子を分割して別々のトランスファーベクターに組み込む方法もあります。非常に慎重な設計が必要になりますが、他の方法が不可能な場合には最適の方法となるかもしれません。
ウイルスベクターは多様な細胞タイプへの遺伝子導入を可能にします。ですが、用途や標的細胞によっては高濃度かつ十分量のウイルスを得ることが難しい場合もあります。ベクターのデザインが適切で、トランスフェクション条件が最適化されているならば、ウイルスタイターを増加させるための複数の方法があります。毒性遺伝子の影響を回避するために、トランスファープラスミド上のプロモーターの選択やパッケージング細胞内での機能を阻害することは一般的です。VectorBuilderは毒性を持つ遺伝子が邪魔をすることがないように、その豊富な経験を生かしてデザインからパッケージングまで実験の全工程を最適化するお手伝いをしています。
以下の表は、VectorBuilderが見つけ出した、高頻度で産生ウイルスタイターが低くなることが判明した遺伝子を並べたものであり、低活性のプロモーターまたは誘導性プロモーターの使用が有用となります。
lncRNA ASP-L | HSF1 | Foxn1 |
BABAM2 | NEK1 | N-GSDME |
BAX | PARP11 | ZFTA-RELA 1 |
F2RL1 | ULK1 | NR5A1 |
FANCB | ZEB2 | mRor1 |
参考文献
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McLean JE, Datan E, Matassov D, Zakeri ZF. Lack of Bax prevents influenza A virus-induced apoptosis and causes diminished viral replication. J Virol. 2009 Aug;83(16):8233-46. doi: 10.1128/JVI.02672-08. Epub 2009 Jun 3. PMID: 19494020; PMCID: PMC2715773.
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