実験を成功へと導くために:適切なPCRテンプレートの確認
私が大学院生だったころ、研究室のPCR機器をマジックボックスと呼んでいました。どうしてかというと、セットアップした試薬から欲しい配列、もしくは全くの予想外のものが作られたり、または何も起こらないことがあるからです。PCR反応が上手くいかないときに、どうしたらよいのかを判断することはとても難しいときがあります。プライマー?テンプレート?それとも今日はいている靴を変えるべき?
マジックボックス内で何が起こっているのかを理解すれば、PCRを成功させるデザインができるようになります。本稿ではVectorBuilderが蓄積したTipについてお話しします。
スタートボタンを押すと何が起こるか
短時間で大量のDNAコピーを作り出すポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は分子生物学を扱う研究室では欠かせません。DNAの大量増幅技術はDNAのプラスミドへの効率的な組み込み、そして細胞や生体へのDNA導入に不可欠です。PCRはその他の解析技術、例えばゲノタイピング、遺伝子発現の定量そしてCOVID19などの病原体の同定などにも活用されています。
特定のDNA配列を増幅する反応液には、増幅用のテンプレート、標的配列の5‘と3’末端に結合するプライマー対、ヌクレオチド、塩(Mg2∔など)とDNAポリメラーゼが含まれています。すべてが適切に配合されたチューブをPCR機器にセットすれば、魔法みたいなことが起こります。
Figure 1. Steps in polymerase chain reaction (PCR)
テンプレートDNAは95℃付近まで熱せられて変性し、2本鎖DNA間の水素結合が破壊されます。続いて50-60℃まで温度が低下することによってプライマーが相補的な標的配列に結合するアニーリングが可能になります。最後にDNAポリメラーゼが伸長反応によってヌクレオチドを取り込んで新しい相補鎖を作り出します。次のサイクルからは、新たに作られたDNA鎖はプライマーが結合するテンプレートとして機能するため、指数関数的な増幅連鎖反応が実現します。適切な設定をしていれば、一時間もすればPCRチューブの中身は全くの別物に変化しています。
どういう目的で(遺伝子発現の定量、サンプル中の遺伝子・病原体の同定、遺伝子機能解析のための変異導入、次世代シークエンスの実行など)PCRを利用するのかによって、どの試薬&PCRタイプを採用するのかが決まります。
多様なPCRテンプレートと使用目的
最もシンプルなPCRの使い方は、特定の配列を検出もしくはクローニングするためにテンプレートDNAの増幅になります。例えば、ゲノムDNAサンプル中の特定のアリルや遺伝子の存在確認や、プラスミドへのクローニングのためです。変異導入や細胞や組織における遺伝子発現を可視化するin situハイブリダイゼーションのプローブ作製などの用途にプラスミドDNAをテンプレートにすることもあります。次世代シークエンス(NGS)のサンプル調製などには特別なプライマーが使用されます。
定量PCR(qPCR or リアルタイムPCR)を活用した定量分析にゲノムDNAをテンプレートにすることがあります。大腸菌のコンタミネーションの検出なと、特定の標的配列のコピー数を調べることが出来ます。qPCRは2本鎖DNA形成時に蛍光を発する化学プローブを使用することで、標的配列の定量と増幅の経時観察が可能になります。
RNAをテンプレートにするRT-PCRの場合は、まず逆転写反応(RT)が必要です。RT-PCRの用途はやや限られていて、cDNAライブラリーの作製やコード配列のクローニングになります。mRNAプールもしくは目的遺伝子のmRNAを逆転写してcDNAにすることで、cDNAライブラリー作製とスクリーニング、そしてプラスミドのクローニングに使用できます。
定量的なPCR にRNA使用するRT-qPCRは遺伝子の発現量の定量、RNAiの結果の評価、ウイルスタイター決定、そしてCOVID19から癌までの様々な疾患の検出に活用されています。
次に表に様々なPCR技術の違いについてまとめました。
PCR | qPCR | RT-PCR | RT-qPCR | |
---|---|---|---|---|
テンプレートのタイプ | DNA(プラスミドor ゲノム) | DNA(ゲノム) | RNA | RNA |
産物 | DNA | DNA | cDNA | cDNA |
定量性 | 無し | 有り | 無し | 有り |
用途 | 遺伝子/アリルの検出;クローニング | 病原菌DNAの定量; 遺伝子コピー数の定量 | cDNAライブラリー作製; CDSのクローニング | 遺伝子発現量の定量 |
PCRがうまくいかないとき
PCR反応に含まれる各試薬は理論的、経験的に最適化する必要があります。PCR反応が起こらなかったり、予期しないバンドが得られるとき、原因の特定はしばしばとても難しくなります。
大抵の場合、最初に検討する事項はプライマーとアニーリング温度です。プライマーが高い特異性で標的配列を認識すること、適度なGC率(40-55%)を持つこと、反復配列が無いこと、2次構造をとらないことが重要です。プライマーは理論上のアニーリング温度が計算されていますが、様々なアニーリング温度条件を試してゲル電気泳動でバンドパターンを確認することによる最適化が必要です。さらに、制限酵素配列などをプライマーに追加した場合は、アニーリング温度の再検討が必要になるケースがあります。
PCR実験に応じてどのようなテンプレートを使用するのかを考慮する必要があります。例えば、環状プラスミドはプライマーとDNAポリメラーゼが働きにくくなるため、線状化することをお勧めします。またテンプレートの純度と濃度も最適化してください。下のテーブルにPCR反応に使用する各コンポーネントへのガイドラインをまとめてみました。
プライマー | テンプレート | Mg2+ | |
---|---|---|---|
デザイン | 使用するDNAポリメラーゼとの適合性を確認 (MgCl2 vs MgSO4) | ||
PCR設定 | 反応液中の内容物を考慮する(EDTAや多めのdNTPsがある場合、高めのMg2+濃度が必要) | ||
濃度 | 0.05-1 uM | プラスミド: 0.1-1 ng ゲノム/ ライブラリーDNA: 5-50 ng | 1-4 mM |
プライマーとアニーリング温度を最適化してもPCRがうまくいかないとき(非特異的な増幅、増幅が弱いなど)、テンプレートやプライマー、そしてPCRサイクル数を増やしたくなるかもしれません。。しかしながら、逆に減らした方がよい結果が得られるケースの方が多いです。特にライブラリーDNAのような複雑なテンプレートを使用する時には、非常に多くの分子間相互作用を予想することが出来ないために、非特異的な増幅や不十分な増幅反応の原因となります。プライマーが枯渇してPCR反応の対数増幅フェイズが終了すると、変性DNAがヘテロ複合体を形成して非特異的な増幅産物の原因となります。非特異的な増幅産物は伸長反応が途中で中断された産物からも生み出されます。このような一本鎖DNAが他の一本鎖DNAの相補鎖部分に結合してプライマー的に機能することによって、非特異的な増幅の原因となります。
PCRマジックボックスはストレスの原因ともなりますが、疑いようもなく素晴らしいものです。数えきれないほどの技術革新、医薬、治療法はPCRがなければ実現不可能です。この一見基本的な操作にも多くの問題が発生することがありますが、VectorBuilderは豊富な経験の積み重ねによって、あなたのクローニングやライブラリー構築サービスをお助けします。
Sources
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