研究室でのひらめきの瞬間   |   2023年05月10日

EtBrの導入:電気泳動ゲルでサンプルの状態を正しく確認する

ゲル電気泳動法はDNAサンプルの濃度、サイズ、組成を確認するために使われてきた、クローニングと品質管理には欠かせない技術です。ゲル電気泳動法の理論はとてもシンプルですが、様々な要因が結果に影響を受けることから間違った解釈をしてしまう危険性があります。

電気泳動の基礎

1960年代の分子生物学の初期段階で、すでに研究者たちは電流の影響下で分子量に従ってDNAを分離する電気泳動を活用していました。以来、分子生物学にはとてつもない変化が起きていますが、ゲル電気泳動法は驚くほど変化していません(図1)。その理由は、ゲル電気泳動が技術的、理論的に単純であるためです。マイナスに荷電しているDNAは泳動槽のマイナス側からプラス側へ、電流に沿って溶液中を流れます。しかし、DNAはアガロースからなるゲル基質内を通過する必要があります。小さなDNAは基質のあいだを素早く通り抜け、大きなDNAはゆっくりと通り抜けます。通常、100V、1時間の電気泳動によって、大きく動いた小型DNAと少ししか動かない大型DNAが分離されます。既知サイズのDNAが含まれている参照用DNAラダーと比べることで、DNAサンプル内に含まれるDNAのサイズを確認できます。任意のDNAバンドをゲルから切り出して、別の目的に使用することもできます。

図1.ゲル電気泳動の模式図とその結果例

サイズはトリッキー

ゲル電気泳動におけるDNAの“サイズ”は複雑な要因が絡んでいることを見逃しがちです。DNAサイズは常にDNAの塩基長と一致するわけではなく、特にプラスミドDNAの電気泳動のケースでは顕著になります。全く同じDNA配列を持つプラスミドでも異なるコンホメーションをとることによってゲル内で全く異なる“サイズ”の位置に移動します(図2)。サンプル調製中の物理的なせん断によって生じるプラスミドへのニックはプラスミドDNAの片側の鎖のみを切断します。この状態ではプラスミドは環状となり、ゲル電気泳動の移動速度はとても遅くなります。制限酵素などで線状化したプラスミドはやや早めの移動速度を示し、無傷の環状プラスミドDNAの移動速度はさらに早くなります。環状プラスミドDNA(covalently closed circular DNA、cccDNAとも呼ばれる)にも様々なコンホメーションが存在します。その中でも最もコンパクトな状態なスーパーコイルDNAは正荷電状態にも負荷電状態にもなり、正荷電状態のスーパーコイルDNAは不荷電状態よりもコンパクトになり、電気泳動速度も速くなります。

サンプル内に存在する様々なコンホメーションをとるプラスミドを特定の操作によって可視化したり単離することが可能です。未処理のサンプル内には様々なコンホメーションのプラスミドが混在していますが、T5ヌクレアーゼによってサンプル内のニックを持つプラスミドDNA、または線状化プラスミドDNAを分解することによってcccDNAのみを精製することが出来ます。2本鎖DNAの片側の鎖のみを分解するニッケースを用いれば、ニック入りプラスミドDNAを作製することが出来ます。また、制限酵素はプラスミドDNAの線状化が可能です。

図2. 様々な処理を施した4180bpサイズのプラスミドDNAのゲル電気泳動結果

エチジウムブロマイドについて

1970年代からサンプル内DNAの可視化のためにエチジウムブロマイド(EtBr)利用されています。EtBrがDNAに結合するとUV下で強い蛍光を発することによって、ゲル内のDNAを可視化できます。しかしながら、EtBrがDNAに結合することによって様々な影響があります。EtBrはプラスミドのコンホメーションに影響を及ぼし、サンプルの性質の判断を難しくします。

EtBrは0.2-0.5 ug/mLの濃度で使用されます。濃度を高めても小型プラスミドの可視化への影響はあまりありませんが、大型プラスミドのバンドパターンの乱れの原因となります。架橋するEtBrの量が増えるために、プラスミドのコンホメーションが固定化されることが原因と考えられています。例を挙げると、EtBrとその類似品はスーパーコイルDNAのコンホメーションを負荷電した状態に変化させることがわかっています。

EtBr濃度はサンプルの泳動像にも影響を与えます。電気泳動前のEtBr処理は泳動像の解像度の低下を招きます。私たちはこれを避けるためにEtBr処理は電気泳動後に行っています。図3左を見ると、小型プラスミド(Plasmid A)のcccDNA(レーン2)と直鎖化したDNA(レーン4)の電気泳動速度はEtBrのゲル内染色(In-gel)と電気泳動後の染色(Post-electrophoresis)で比較してもほとんど差がないことがわかります。一方でニック入りのDNA(レーン3)の泳動速度はゲル内染色で上昇します(おそらくEtBrの架橋によるコンホメーションの固定化のため)。大型プラスミドの場合、ゲル内染色と電気泳動後の染色では、より大きな差が生じます。図3右を見ると、すべてのケースでバンドの位置と数が変化しています。未処理プラスミド(レーン1)とcccDNA(レーン2)を比較すると、電気泳動後の染色でのみレーン2でニックのあるDNAが取り除かれていることが確認でき、ゲル内染色ではこの違いが判別できないことにご注意ください。

図3.EtBrのゲル内染色と電気泳動後染色条件における小型プラスミド(A)と大型プラスミド(B)の電気泳動像の比較。1:未処理、2:T5エキソヌクレアーゼ処理、3:ニッケース処理、4:制限酵素で線状化。

高品質のプラスミドDNAはスーパーコイルDNAであるため、この違いは重要なものとなります(追記:しばしば一本鎖環状DNAの薄いバンドがスーパーコイルDNAの下に出現します)。ゲル内染色を行う場合はプラスミドDNAの品質やコンホメーションの判断に間違いが生じやすくなります。電気泳動後の染色ならば、定量や品質確認においてより明確な結果を得ることが出来ます(特にT5エキソヌクレアーゼ処理したサンプルなど)。ゲル内染色と電気泳動後の染色を比較すると、cccDNA内のコンホメーションがいかに柔軟であるかがわかります。緩いcccDNAは容易にスーパーコイルに移行することができ、その逆もまた可能です。品質の目安としてcccDNAではなくスーパーコイルDNAのみを使用することは、サンプルに関わる流動的な要因に比重を置きすぎることにつながります。

小規模なクローニング実験からGMPグレードの生産まで、電気泳動ゲル内でサンプルの状態を正確に判断することは非常に重要です。ゲルを間違った使い方をすると、その後の実験に大きな影響がでます。ゲル電気泳動は数多くの分子生物学実験の基礎となるツールであるため、成功のために信頼できるものを使用することが重要です。

参考文献

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