自己不活性型MMLVレトロウィルスベクター 

自己不活性型MMLVレトロウイルスベクターの概要

MMLVレトロウイルスベクターシステムは哺乳細胞へ恒久的に遺伝子を導入できる優れた方法で、特にiPS細胞作製のための遺伝子導入によく利用されています。

MMLVレトロウイルスベクターは、レトロウイルス科に属する、モロニーマウス白血病ウイルス(Moloney murine leukemia virus, MMLV)に由来します。野生型MMLVは、プラス鎖線状RNAゲノムを有しています。

野生型MMLVレンチウィルス遺伝子発現ベクターでは5' long terminal repeat (LTR) 内にあるユビキタスな発現を誘導するプロモーターを利用して目的遺伝子を発現させますが、自己不活化型MMLVレンチウィルス遺伝子発現ベクターでは目的遺伝子を発現誘導するプロモーターはユーザーが選択できます。これはMMLV 3’LTRのU3領域を欠失させると5' LTRにあるプロモーターが不活化する(自己不活性化)ことを利用しています。この仕組みは目的遺伝子を発現させるためのプロモーターの選択の幅を広げるだけでなく、ベクターインテグレーション(ゲノムへの挿入)による近傍遺伝子への影響により心配されるガン化リスクを軽減させ、野生型MMLVベクターよりもさらに安全性を高められます。

自己不活性型MMLVベクターは、まず大腸菌プラスミドとして構築し、その後、複数のヘルパープラスミドと共にパッケージング細胞へトランスフェクトします。パッケージング細胞では、2つのLong terminal repeats (LTR)間に挟まれた領域がRNAへ転写され、ヘルパープラスミドから産生されたウイルスタンパク質にパッケージングされます。生きたウイルスは培養上清へ放出され、この上清液は直接あるいは濃縮後、ターゲット細胞の感染に使用します。

ターゲット細胞内に運ばれたウイルスRNAはDNAに逆転写された後、宿主ゲノムへランダムに組み込まれます。ベクター構築時に、2つのLTR間に挿入された遺伝子は、残りのウイルスゲノムとともに宿主ゲノムへ恒久的に挿入されます。

自己不活性型MMLVレトロウイルスベクターはウイルスパッケージングと遺伝子導入に必要な遺伝子を欠損し、代わりにこれら遺伝子はウイルスパッケージングに使用されるヘルパープラスミドに組み込まれています。このため、レンチウイルスから生成されるウイルスは、細胞に導入されても複製はされず、安全に配慮されたシステムとなっています。

本ベクターシステムの詳細については、以下の文献をご参照下さい。

References Topic
Mol Ther. 20:84 (2012) 自己不活性型γレトロウィルスベクターのプロモーター活性について
Viruses. 3:677 (2011) ガンマレトロウィルスベクターの生物学的、技術応用に関する総説
Proc Natl Acad Sci USA. 83:3194 (1986) 哺乳類細胞への自己不活性型レトロウィルスベクターによる遺伝子導入の設計

自己不活性型MMLVレトロウイルスベクターの特徴

MMLVプラスミドベクターは、大腸菌で高コピー数を得ることができ、高力価ウイルスパッケージングが可能で、宿主細胞へのウイルス導入効率にも優れ、導入遺伝子を高レベルで発現させることができます。

自己不活性型MMLVレトロウイルスベクターのメリット

ベクターDNAの恒久的な組み込み: 一般的なトランスフェクションでは、ベクタープラスミドは時間の経過と共に失われるため、DNAの導入は一過性で、分裂速度の早い細胞においては特に不安定となります。しかしながら、レトロウイルスでは、宿主ゲノムへ組み込まれるため、恒久的に遺伝子を導入することができます。

広範な組織指向性: ベクタービルダーのパッケージングシステムではウイルス表面にVSV-Gエンベロープタンパク質を発現しています。VSV-Gエンベロープタンパク質は幅広い指向性を持つため、非分裂細胞を除き、一般的によく用いられる生物種(哺乳動物以外のいくつかの生物種においても)由来の細胞に効率よく導入することができます。

選べるプロモーター: 本ベクターは5' LTR 由来のプロモーターがゲノムに挿入される際に不活化されるよう設計されているため、ユーザーが使用したいプロモーターを目的遺伝子の発現のためにベクターに組み込むことができます。これは従来のMMLVレトロウイルスベクターがユビキタスに発現誘導をかけるプロモーターを使用していることと比較して、最も特筆すべき特徴です。

遺伝子導入の均一性が高い: 一般的に、ウイルスによる導入は比較的バラツキが少なく、細胞間で均一にベクターを導入することができます。一方、プラスミドベクターを用いたトランスフェクション法では、ある細胞では高コピー数、またある細胞では低コピー数あるいは全く導入されない細胞もあり、導入は非常に不均一になります。

In vitroとin vivoでの使用: 主にin vitro実験で培養細胞の導入に使用されますが、生きた動物の細胞へ導入する場合にも使用することができます。

安全性: 本ベクターの安全性は2つの側面から保証されています。一つはウィルスパッケージングや遺伝子導入に必要な要素はいくつかのヘルパープラスミドに分かれている点、そしてもう一つは5' LTRのプロモーター活性がゲノムにインテグレーションされる際に不活化されることです。その結果、複製できるウィルスが生じることは不可能であり、ベクターによる健康被害のリスクは最小限に抑えられます。

自己不活性型MMLVレトロウイルスベクターのデメリット

中程度のウイルス力価: パッケージング細胞上清から得られるウイルス力価は、濃縮をしない場合~10^7TU/mlで、レンチウイルスよりも1桁程度低くなります。

限られたカーゴスペース: 野生型のMMLVレトロウィルスのゲノムサイズは 〜8 kbです。本ベクターではウィルスパッケージングと遺伝子導入に必要な遺伝子で 〜2.5 kbを要するため、目的遺伝子は 〜5.5 kb内に収めないとなりません。大きなサイズのプロモーターを含むORFがこのサイズをオーバーするとウィルスタイターは大幅に減少します。

非分裂細胞への導入が困難: 非分裂細胞への導入は困難です。

技術的な難しさ: MMLVウイルスベクターを形質導入に使う前に、 ウイルス産生細胞に複数のプラスミドDNAをトランスフェクトして、生きたウイルス粒子を作成させ、ウイルスのタイターを測定するなど、形質導入までにこなさなければならない様々な作業があります。これらの作業は、一般的なプラスミドのトランスフェクション法に比べ、技術的に習熟するまでの期間や、さらに実際のウイルス作製日数も長くかかります

ベクタービルダーの自己不活性型MMLVレトロウイルスベクターの基本コンポーネント

CMV promoter: Human cytomegalovirus immediate early promoter. パッケージング細胞でウィルスRNAの転写を促進し、転写されたRNAはウィルス粒子にパッケージングされます

MMLV 5' LTR-ΔU3: 欠損型 MMLVレトロウィルス 5' long terminal repeat. 野生型MMLVレトロウィルスでは 5' LTR と3' LTR は全く同じ配列です。 ウィルスゲノムの両末端に位置し、配列の向きが内側に同じになるようになっています。ウィルスがゲノムに挿入される際に3' LTR 配列は5' LTRにコピーされます。 LTRsは両方ともプロモーターとポリアデニル化の機能を持っており、5’LTRは転写を促進するプロモーターの役割をし、3’LTRは転写を終結させるためにポリアデニル化を誘導します。本ベクターではMMLV 5' LTR-ΔU3 はLTRのプロモーター活性に必要な領域を欠失させてあります。Δ5' LTRの上流にCMVプロモーターが組み込まれているため、この欠失によりウィルスRNAのパッケージングに影響が出ることはありません。

Ψ plus pack2: ウイルスRNAをウイルスにパッケージングするために必要なMMLVレトロウイルスパッケージングシグナルです。

Promoter: ここに目的遺伝子を発現させるプロモーターを配置します 

Kozak: Kozakコンセンサス配列。真核細胞において翻訳開始を促進させるため、目的遺伝子ORFの開始コドン直前に配置します。

ORF: 目的遺伝子のOpen reading frameをここに配置します。ORFは、5’ITRのユビキタスなプロモーター機能によって発現されます。

WPRE: Woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element. パッケージング細胞内でのウィルスRNAの安定性を高め、ウィルス粒子にパッケージングされるタイターを向上させます。

MMLV 3' LTR-ΔU3: U3欠損型MMLVレトロウィルスの3’long terminal repeat (LTR) です。この変異型3’LTRは、ウィルスベクターが宿主ゲノムにインテグレーションされる際に5’LTRが3’LTRからコピーされるため、5’LTRのプロモーターは活性を失います。 MMLV 3' LTR-ΔU3 のポリA付加シグナルは、上流ORFの転写を終結させます。

SV40 late pA: シアミンウイルス40 (Simian virus 40) 後期ポリA付加シグナル。3’LTRの下流でORFの転写終結するために重要で、ウィルスタイターを向上させます。

pUC ori: pUCの複製起点であるpUC oriをコードするプラスミドは、大腸菌において高コピー数で保持されます。

Ampicillin: アンピシリン耐性遺伝子。アンピシリンによってプラスミド導入大腸菌を選択します