ガットレスアデノウイルス発現ベクター

ガットレスアデノウイルスベクターの概要

ガットレスアデノウィルス発現ベクター(別名:ヘルパー依存性アデノウィルスベクター)はアデノウィルスベクターの最新バージョンで、これまでのタイプよりも格段に安全性が高くなっています。ウィルス複製のために必須であるcisエレメント以外のほとんどのウィルス由来の配列を除去し、免疫原性を最小限に抑え、in vivoにおいて発現期間を長くすることが可能です。さらに、ウィルスの遺伝子配列を欠失させた分、33 kbまでの挿入でき、配列が長い遺伝子や複数の遺伝子を挿入することが可能となりました。

アデノウイルスベクターは風邪(感冒)の原因となるアデノウイルスに由来しています。野生型アデノウイルスは2本鎖線状DNAゲノムを有しています。

ガットレスアデノウィルス発現ベクターはほとんどのウィルス由来の配列を欠失しているため、リコンビナントウィルスをパッケージングするために必要なウィルスタンパク質はヘルパーウィルスによって別に供給します。目的遺伝子(GOI) を含むカセットはまずガットレスアデノウィルスベクターの2つのITRs配列の間にクローニングし、ITRs配列間の最終サイズが28 kbとなるように調整します。(効率良くウィルス粒子にパッケージングされるために必要) そして制限酵素によって2つのITRs配列間を切り出し、パッケージング細胞にトランスフェクションした後、ヘルパーウィルスを感染させることでパッケージング細胞内においてアデノウィルス発現ベクターが作られます。  

ガットレスアデノウィルス発現ベクターシステムはパッケージングシグナルを2つのLoxP配列で挟む遺伝子配列を持つヘルパーウィルスとCreリコンビナーゼを常時発現する細胞株を用いることによって、Creリコンビナーゼがヘルパーウィルスのパッケージングシグナルを切断するようになっています。これはヘルパーウィルスのゲノムがガットレスアデノウィルスゲノムと一緒にパッケージングされてしまうことを避けるためです。さらにヘルパーウィルスゲノムの混入を最小限に抑えるため、挿入する目的遺伝子配列の長さ(ITRs間に挿入)は8〜12 kbの間に収めることをお勧めします。最終ウィルスゲノムサイズが28〜33 kbになるため、精製過程でヘルパーウィルスゲノムと区別が付きやすくなります。

ターゲット細胞内に運ばれたウイルスDNAは、核へと移行し宿主ゲノムへランダムに組み込まれることなく、エピソーマルDNAとしてとどまります。ベクター構築時に、2つのLTR間に挿入された遺伝子は、残りのウイルスゲノムと共にターゲット細胞に導入されます。

本ベクターシステムの詳細については、以下の文献をご参照下さい。

文献 トピックス
Int J Mol Sci. 21:3643 (2020) 大容量のアデノウィルスベクターに関する総説
Mol Ther. 8:846 (2003) ヘルパー依存性アデノウィルスベクター生成における改良システム
Mol Ther. 5:204 (2002) ヘルパー依存性アデノウィルスベクターの作製

ガットレスアデノウイルス発現ベクターの特徴

アデノウイルスセロタイプ5(Ad5)由来のベクターです。ベクターバックボーンの複製起点は低コピー数のものを持つため、大腸菌でのプラスミド複製量には限界があります。しかしベクタービルダーでは、独自技術の改変で高力価ウイルスパッケージングを可能にし、また宿主細胞へのウイルス導入効率にも優れ、トランスジーンを高レベルで発現するように最適化を行っています。

ガットレスアデノウイルス発現ベクターのメリット

高い安全性:  本ベクターはほとんどのウィルス由来の遺伝子配列を除去し、ウィルス複製とパッケージングに必要な最低限のものだけにすることで、これまでのアデノウィルスベクターと比較して飛躍的に安全性の改善がなされています。宿主の免疫反応を最小限に抑え、in vivoでの発現期間を伸ばすことができます。

宿主ゲノムを破壊しない:  宿主細胞へ導入されたアデノウイルスベクターは、核内でエピソーマルDNAとしてとどまります。宿主ゲノムへ組み込まれないことは、ヒトへの応用には望ましく、ゲノム破壊によって引き起こされる発がんリスクを抑えることができます。

非常に高いウイルスタイター:  ウイルス産生のため、パッケージング細胞にアデノウイルスベクターをトランスフェクトすると、産生されたウイルスが更にパッケージング細胞に再感染し、ウイルスが増幅されるため、非常に高い力価で回収することができます。これは、再感染によって増幅できないMMLVレトロウイルスやAAVとは異なる特徴です。ベクタビルダーのパッケージングサービスでは、10^9 plaque-forming unit(PFU/ml)以上の力価でウイルスを回収することができます。

幅広い組織指向性:  ヒト、マウス、およびラットなどの一般的に使用される哺乳動物種の細胞に導入することができますが、ある種の細胞には難しいことが知られています。

大きなカーゴスペース:  ほとんどのウィルスゲノム由来の配列を欠失させたことにより、遺伝子挿入の許容量(カーゴスペース)が大幅に大きくなり、大きな遺伝子や複数の遺伝子の同時発現に適しています。アデノウィルスで効率よくウイルスパッケージングを行うための遺伝子サイズは28〜33 kbです。また、このサイズに調整することにより精製過程でヘルパーウィルスと区別がしやすくなります。挿入可能な遺伝子サイズ(2つのITR間)は8〜12 kbとなり、ほとんどの使用目的において十分な大きさです。

in vitroとin vivoでの使用可: 動物生体でよく使用されますが、in vitroでも効率よく導入することができます

ガットレスアデノウイルス発現ベクターのデメリット

ベクターDNAが宿主ゲノムに挿入されない: アデノウイルスゲノムは導入細胞のゲノムには組み込まれません。エピソーマルDNAとして存在し、時間の経過と共に消失するため、分裂細胞では特に消失されやすくなります。 

形質導入できる細胞種の制限: 非分裂細胞を含め、様々なタイプの細胞へ導入が可能ですが、内皮、平滑筋、気管上皮、末梢血、神経、および造血など、ある種の細胞への導入は難しいことが知られています。

ヘルパーウイルスのコンタミネーション:  本ベクターはfloxカセットを搭載したヘルパーウィルスとCreリコンビナーゼを常に発現するパッケージング細胞を用いることにより、ヘルパーウィルスのゲノムがガットレスアデノウィルスゲノムと共にパッケージングされてしまうことを回避するシステムですが、Creリコンビナーゼによる切断が不十分であるとわずかに混入してしまうことがあります。このようなコンタミネーションは本ベクターを高濃度で使用する際には毒性を考慮する必要があります。

技術的な難しさ:  従来のアデノウィルスベクターも技術的な難しさを指摘されていますが、本ベクターはさらにヘルパーウィルスの扱い上の注意が加わるため技術的なハードルが上がります。

ベクタービルダーのガットレスアデノウイルスプラスミドベクターの基本コンポーネント

3' ITR: 3’inverted terminal repeat. 野生型ウイルスでは5’ITRと3’ITRは同じ配列で、ウイルスゲノム両端に反対の方向で配置されており、ウイルスゲノムの複製起点になります。

Ad5_E4 fragment: アデノウイルスセロタイプ5 のE4遺伝子プロモーター領域。ベクターを安定化してパッケージングをサポートします。

Promoter: 目的遺伝子を駆動するプロモーターをここに配置します。

Kozak:Kozak共通配列。真核細胞において翻訳開始を促進させるため、目的遺伝子ORFの開始コドン直前に配置します。

ORF: 目的遺伝子のOpen reading frameをここに配置します。

BGH pA: ウシ成長ホルモン遺伝子のポリ付加シグナル。パッケージングにおいて、上流ORFのRNA転写を終結させます。

hPGK promoter: ヒト phosphoglycerate kinase 1遺伝子のプロモーター。下流マーカー遺伝子のユビキタスな発現を行います。 

Marker: 可視遺伝子産物 (例 EGFP). ウイルスベクターが導入された細胞の選択と可視化が可能になります。

TK pA: Herpes simplex virus thymidine kinase ポリA付加シグナル。パッケージングにおいて、上流ORFのRNA転写を終結させます。

C346_Stuffer: C346コスミド(GenBank L31948) の一部DNAシークエンスで、搭載されるウイルスゲノムサイズを約28 kb にするために2つのITR配列間に詰め込み(スタッフ)します。あまりにも短いウイルスゲノム配列ではかえってウイルスパッケージング効率が下がってしまうため、スタッファーシークエンスを追加することでウイルスゲノムサイズを調整しています。これらのシークエンスから機能を持ったタンパク質が生合成されることはありません。

HPRT_Stuffer: human hypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase (HPRT1) DNA配列の一部 (イントロン1, 2, 3と エキソン2, 3)。 あまりにも短いウイルスゲノム配列ではかえってウイルスパッケージング効率が下がってしまうため、スタッファーシークエンスを追加することでウイルスゲノムサイズを調整しています。これらのシークエンスから機能を持ったタンパク質が生合成されることはありません。

Ψ: ウイルスDNAをウイルスにパッケージングするために必要なアデノウイルスパッケージングシグナルです。

5' ITR: 5' inverted terminal repeat.  3’ ITRに関する記述を参照。

Kanamycin: カナマイシン耐性遺伝子。カナマイシンによってプラスミド導入大腸菌を選択するために必要です。

pBR322 ori: pBR322の複製起点であるpBR322 oriをコードするプラスミドは、大腸菌では中程度のコピー数で保持されます。